楽屋 楽屋保存版(17)
Ana-Ken's relax sub-room No.17
2009.01.30 ~ 2009.12.29
あなけん業界用語辞典^^
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2009/01/30 〈[171]独り言編:「1日1枚の写真の日々で1ヶ月を終え,だんだんも楽しんで^^」〉
2009/02/28 〈[172]独り言編:「だんだんが終わって振り返りながら三月へ^^」〉
2009/03/31 〈[173]裏話独り言編:「東京サンシャインボーイズ復活特別公演returnsを終えて^^」〉
2009/04/29 〈[174]裏話独り言編:「映画の変身もあって,Shoot  the crowの公演を終えて^^」〉
2009/05/30 〈[175]独り言編:「戯曲考え中,市役所職員に,トホホ携帯データの三本です^^」〉
2009/06/30 〈[176]変身報告編:「映画沈まぬ太陽と土ドラ再生の町を終えて^^」〉
2009/07/29 〈[177]独り言編:「富士登山延期で,刑事へ変身し,本を書いてます^^」〉
2009/08/29 〈[178]独り言編:「元日本兵囚人と秘書へ変身し,図工展もあり,より本を書いてます^^」〉
2009/09/28 〈[179]独り言裏話編:「楽屋:初めて書いたラジオドラマの収録を終えて楽しみを^^」〉
2009/10/29 〈[180]独り言編:「我が家の歴史と不毛地帯での変身を楽しんでいます^^」〉
2009/11/29 〈[181]独り言旅話編:「楽しんだ初めての上海でのあれこれと,楽しい二つの変身^^」〉
2008/12/29 〈[170]独り言編:「2009年の変身を有り難く思い,楽しく振り返って^^」〉

2009/01/30 〈[171]独り言編:「1日1枚の写真の日々で1ヶ月を終え,だんだんも楽しんで^^」〉 戻る
 始まった2009年も、早くも1ヶ月が終わろうとしていて、この1ヶ月は何をしていたのかなと思い返しても、「だんだん」での変身で三回ほどNHK大阪へと行ってあれこれ楽しんでいたと思い返し、その他思い出すのは、日々写真を撮った?撮り忘れた?何を撮ろうか、何枚も撮ってどれにしようかと、日々写真で遊んでいた感じの1ヶ月だったかなでございました^^。あとは、相変わらず映画へと行き、テレビばかり観ていて、過ぎて行くばかりの一ヶ月でもございました^^。
今年の朝の挨拶の初日から、「昨日の一枚の写真」なるモノを張り付け始めて、一日一枚は撮る事を、怠け者の自分に日記の如く課して、もうすぐ三十枚になろうしております。一覧にして並べていくとなかなか楽しいモノにもなって来て、今は、ただただ撮っているだけではありますが、今後どう変化して行くのか、私も全く未定であり、楽しみでもあります。毎日変化などのない自分の顔も、その日の顔はその日だけなのでと思い^^、一日一顔を撮ると決めて、日記の様に顔も記録して行く事をと課して、ついつい何を撮るかなと考えていたら、自分を撮るのを忘れがちになりながら、毎日面白風景と自分の顔を撮っているのでありました^^。顔は、始めは丸抜きではなく、自分を写真の端に入れ込んで撮影しようと考えていましたが、初回の大晦日の夕陽を撮っている時に、すぐにそのアイデアは無理だと諦めて、髪型も、着ている服も気にしなくてすみ、色々と遊べる丸抜きにして、一枚の写真に合成していったのでありました ^^。私を写真に無理矢理入れなくてもいいかなとは思いますが、それだと何だかつまらなくて、私ではない感じでもあるので、今後も顔丸抜き張り付けで、より一層遊びたいかなとは思いますが、どうなりますかなでもございます^^。始めは携帯で撮っていましたが、画質等々ズーム等々で、やはりデジカメがいい感じであり、1/11からはデジカメに変更し、色々と数多く自由に撮っているのでありました。デジカメに変えて、色々と撮って、色々と遊んでいると、何枚も皆さんに見せたい作品が出来上がるので、その中から「この一枚」をセレクトするのにも悩み、セレクトからもれた写真たちも折角でもったいないのでと、一覧の方にアップする事にも途中からしたのでした^^。しかし枚数が増えると、ホームページの容量がゆくゆくは心配にもなって来るぞとも思いながら、日々ドンドン枚数が増えていくのでもありました^^。一日一枚と決めて、写真を撮り始めて判った事は、そうは写真にしたいと思うモノは、ある様でないモノで、何でもカンでもシャッターを切ればいいのですが、心が動かないとシャッターは切れないモノで、瞬間の出会いと見逃さない感性が必要なんだなあと思う日々でもあるのでした。しかし偶然の産物も期待しつつ、朝の挨拶でも、写真の事を書く事で、書く事も多少なりとも変化もあるのかなとも思い、他の皆さんの「ブログの張り付け写真」とは、違うモノを目指し^^、日々の作品として、自分の感性の在処の確認と、発見を伴う遊びで、色々と学び楽しめそうな感じでもあるのでございました^^。そんな写真たちで、何かが伝わったならば、それはより一層の楽しみでもあります。日々の写真たちで、何かを感じましたら、どうぞご一報下さいませ^^。
 そして今年の変身は「だんだん」で始まり、21週目、22週目の七代目の登場を楽しんで始まったのでありました。賑やかな七代目は、より一層、台本には書かれていない台詞とかを、盛り上がりの雰囲気作りと言うガヤガヤの声として勝手に今回も色々と喋っていましたが、スラスラと出雲弁の方言が出て来ないのが、なかなかの悔しい思いの中でもありました。無理矢理的に喋って盛り上がり、果たして、いいのかどうなのか、ほとんどカットはされるとは思いつつも、楽しんで始まった今年の「だんだん」でもありました^^。ある一日だけ、別のシーンで一人テンション高く、よりより興奮の七代目もあり、その22週目の放送が、どう感じるのかなと、楽しみであり、気になる一瞬のシーンでもございます^^。23週目は、七代目の登場はなく寂しいですが、先日は24週目での登場も終え、これ又リアクションリアクションで終始し、長時間の撮影でしたが、相変わらずの反省もありながら、楽しんだ変身でもありました。そのシーンでは、人の芝居ばかりを見ていたので、芝居を又色々したくもなり、そして遂に最終週の25週での変身が、あと来月早々と、中旬にはあり、それで遂に全てが終わってしまうんだと、最後の最後まで七代目を楽しみたいと思います。その来月は、どんな一ヶ月になりますか、47歳になるその二月も又色々と楽しみたいと思います。それでは、まだまだ寒い日々ですが、皆さんお元気にお過ごし下さいませ。


又ひとつ 足し算だけど 重ねてく 自分の歳に 新たにひとつ
春呼ぶは 梅桃桜 先ずは梅 淡い色合い 風に交じりて
人生を 四角い部屋で 考えず 感じて活きる 丸い地球で

2009/02/28 〈[172]独り言編: 「だんだんが終わって振り返りながら三月へ^^」〉 戻る
 今年も二月の一ヶ月を過ごして、あっという間に終わろうとしております。私が一年で一番、だけどさりげなく気に留める24日を迎え、又歳を重ねる事が出来て47歳になり、又新たな一年を又始めたのでありました^^。又自分が50歳に近づいている事にも信じられないと思いながら、何も変わらぬいつもの歳の重なりではありましたが^^、どんな一年になりますか又楽しみであります^^。
 そんな二月も二月らしい寒さを広げながら、ゆっくりと終わろうとしていて、二月の変身は、「だんだん」の七代目を含め、三人の人間への変身があったのでした。あれこれと全て詳しく話せないのが、もどかしい感じではありますが、一人目は「ありふれた奇跡」での変身でありました。ある警備員の上司役で、ワンシーンだけ、ちょこっと参加したと言う感じの変身でありましたが、一言一句間違わないでセリフをしゃべらねばと言う、軽いプレッシャーの中、いつもの余計な事はせずに、警備員を楽しみ、もう少し違うアプローチもあったのかなと言ういつもの反省が又今甦りつつ、どんな感じに登場しますか、ホンの一瞬ですが、3/19の放送が楽しみでもあります。
 そして二人目は「ロングキャラバン」なる、あるDVD Movieでの変身であり、あるお酒を飲む店のある店長役を楽しんだのでしたが、これまた二シーンほどの一瞬の登場で、何ともあれこれ楽しみ、一度もチェックを観ていないので、どう見えるのか、気になりいっぱいではあります。役の事もああだこうだと喋りたいのですが、どこかでこのDVDがお目にかかったら、どうぞよろしくお願いします。近いうちに情報も解禁になると思いますので、その時は、どうぞ探して観て下さいませ。
 そしてそして「だんだん」の七代目への変身があり、遂にその変身も先日終わってしまったのでした。全150話の内、51話に登場する事が出来て、松江にも二回も行けて、大阪にも何度も行き、ほとんどが、そば屋さんの中で、「ああだこうだ」と「真弓ちゃん、真弓ちゃん」と楽しんでいた日々だったのでした^^。始めの方の話は、主役二人の展開ドラマがあれこれ多くて、七代目とか松江の面々は、色々とカットになっていたりしましたが、七代目は、造ったお酒「はな舞」の話しもあって、悩んでいた子宝にもあっさり恵まれて、良かった良かったかなではありました^^。ラストの週も、詳細は言えませんが、より多く楽しみ、最後の最後まで七代目を楽しんだのでありました。しかし今回の七代目のキャラクターは、ドンドン陽気さが増して行った感じで、台本にはない言葉を、方言ゆえ無茶苦茶になりながらも、気にせずに勝手に色々と喋っていて、「ガヤガヤ」とバックで聞こえる雑談の声を録る時も、ここぞとばかりに頑張りましたが、喋り過ぎて、七代目の声ばかりになってしまうと、「今回は大丈夫です^^」の時もありながら、色々と楽しんだのでありました。何かしらのリアクションでも声を発していたので、七代目の頭上には、最後はマイクも取り付けられて、嬉しい様な、申し訳ない様な感じでもありました^^。そんな半年間も、打ち上げのパーティーを迎えれば、あっという間の半年間であり、マナカナちゃんがどっちがどっちかも何とか判る様にもなったし、若い俳優さんたちと会っては、まだまだ頑張るぞーとも思い、元気な大先輩の俳優さんたちに「落ち着きがないな^^」と言われたりしながら共にシーンを楽しんで、まだまだ先の人生がいっぱいあって楽しめるぞーとも思い、ワンクール三ヶ月のドラマとは又違う、ちょっと長い半年間での役とのアプローチ、様々な人との出会い関わりで、あれこれと又勉強になった半年間でもありました。
七代目の登場が全て終わった次の日が、全撮影終了の日でもあり、全てが終わり、紙吹雪が舞う中盛大に、スタジオ内で全シーン撮り切りのセレモニーが始まり、主役二人の挨拶、涙を見ているとええもんであり、少しでも参加出来て良かったなあと思いつつも、自分なりに何が残せたのかなと振り返り^^、今もまだ振り返り中でございます^^。今回は、月に一、二度のNHK大阪へ行っていたぐらいの頻度でしたが、新幹線にもよく乗った半年間でもあり、又別の朝ドラでもじゅっくりと役を演り、楽しみたいと思うばかりであります。そして一つのドラマが終わった寂しさにも少し浸ってもいるのかなでもあります^^。後は残りの放送を楽しみにするだけでもあり^^、とりあえずは「だんだん(ありがとう)」かなでもございます^^。
 そんな感じで、今は、何かに浸りながらも、浸っている場合でもなく、三月も早々に「ごくせん、卒業スペシャル」での変身もあり、ある別のドラマではワンシーン「江戸っ子」にもなり^^、そして舞台の稽古も遂に始まるのでありました。それも二つの舞台の稽古であり、日中は「シュートザクロウ」の稽古でタイル職人を男四人で楽しみ、夜には「サンシャインボーイズ復活公演」の、どんな舞台なのかまだ台本もなく、未知なる(今現在は)稽古を懐かしい15人で楽しむのであります^^。二つの舞台の稽古がどうなりますか、どちらも楽しむばかりであり、今は、台本のあるタイル職人のセリフをひたすらに覚えているところであります。春がやって来る三月は、朝から晩まで稽古と舞台で多いに声を出し、多いに自転車に乗り^^、多いに考えて、多いに楽しみたいと思います。それでは又来月には、一つの舞台が終わり、一つの劇場が幕を閉じる話でも出来るといいかなと思っております。皆さん、やって来る春もお元気に、花粉には負けないでお過ごし下さいませ^^。


暖冬も 寒き冷たき 菜種梅雨 雨のカーテン 開ければ春か
人と人 縁(えにし)の時間 いつまでも 共にだんだん 全てだんだん
暖かく 春の言葉は 弥生から 日射しに響き 春への出会い

2009/03/31 〈[173]裏話独り言編: 「東京サンシャインボーイズ復活特別公演returnsを終えて^^」〉 戻る
 桜がちらほらと咲き始めた中、その桜も今年はゆっくりであり、時折雨が降っては冷えっとしながらも、日に日に春の陽気さは、広がって行きつつあるのかなの三月の日々は、なかなか忙しくて、濃いくて楽しき充実の三月でもありました^^。
 三月の初めには、先日放送されて皆さんもご存知の「33分探偵、9.5話」での、あの江戸っ子先生への変身があり、あの江戸弁の一連は、ワンカット長回しで撮って、勢いだけで演ってしまい、可愛い子供たちの集中力が短いので、私の失敗は許されないとプランを考える間もなく、ただただ江戸っ子江戸っ子で喋っていただけだったのでありました^^。時折、そんな変なおじさんが、舌と口を異様に回してストレッチしていたので、子供たちに興味深く見つめられたりしながらも、多いに楽しんだ、あっという間の変身ではあったのではありました^^。
 そして三月の6日の同じ日に顔合わせから始まった二つの舞台であります。一つは本読みから始まり連日の稽古であり、一つは顔合わせ当日は、まだ台本がなく、プロットとそれぞれのキャラクター説明から始まり、稽古を経て、公演へと向かったあっぱれな23日間であり、二つの稽古の日々と、稽古と公演の日々だった怒涛の23日間でありました^^。
 四月の公演の「シュートザクロウ」は、来月に又改めて、楽日を迎えてから振り返るとしまして、今回は、シアタートップス最後の文化祭での、東京サンシャインボーイズ復活特別公演「returns」の振り返りを、メインで始めたいと思います^^。先ずは昨年の11月、今回の話しを聞いたのが、相島氏から、「太鼓たたいて笛ふいて」の稽古中、携帯の留守番に「お話がある」と入り、折り返し電話をして、ベニサンの階段踊り場で、トップスが無くなるにあたってお祭りをすると言う事で、東京サンシャインボーイズでも何かしようと考えてると言う話でありました。来年の三月は舞台の稽古中だが、一日二日なら何とかなるだろうと思いながら聞いていると、一週間はやると言うし、イベントではなく、公演だとも知り、三谷氏も皆が参加出来るなら参加すると言う事も知り、楽しそうな事が好きな私は、何だか面白そうなお祭り気分になり、「稽古とかのスケジュールが合えば、全然参加しますよ」と返事をし始まったのでありました。皆さんも忙しく、稽古時間も多く取れないので、ざっくりしたアドリブ的な一時間の舞台かなと思いきや、そんなわけもなく、蓋を開ければ出演者13人のちゃんとした一つの公演でありました^^。当然でございます^^。新国立劇場側と稽古時間の調整とか話し合いがまだ出来てないのに、私は、昨年の12月に三谷氏にある劇場で会った時、「トップス大丈夫?」と聞かれたので、「あっちは稽古中なんで、大丈夫出られますよ何なりと^^」と言ってお願いして、一人楽しみになっていたのでしたが、スケジュール的にまだ決定ではなく、何とかなるとだろうと思いつつも静かに待つ状態であり、やはりやがて何とか二つの稽古を昼間と夜に分ける事が出来て、公演も21:30なので、20:30に初台の稽古場を出れば大丈夫と言う事になり、参加が決定にはなったのでありました^^。その後は、東京サンシャインボーイズの台本を待ちながら、「シュートザクロウ」のセリフを、ひたすらに覚えていた日々だったのでありました^^。
 そして遂にやって来た二つの舞台の顔合わせ当日の6日の日。昼間は新国立劇場の稽古場で顔合わせと本読みをして、夕方に神保町の稽古場へと行き、懐かしい面々に再会したのでありました。その日は、台本はなく、舞台のタイトルを「returns」だと聞かされて、一人一人のキャラクターを聞いては笑い、どんな舞台になるのかなと、楽しみになっておりました。次の日とその次の日は、台本を書くと言う事でお休みになり、9日から休みなしで16日まで稽古と稽古の日々が始まり、17日から29日までは稽古と公演の日々が始まったのでありました^^。
 始まった9日のこの日は、先ずは3分の1の台本が出来て来ていて、一回読んで、すぐに立ってドンドン作り始めて行ったのでした。10日は、三谷氏がお休みで、皆で昨日もらった台本を演って楽しんで、早めに終り、11日は、台本の三分の二が出来上がり、展開が始まり、12日には、台本が遂に完成していよいよ全貌が見えて、稽古は前日の場面を深めていって、13日には、最後まで遂に稽古されて、14日は、途中からまた繰り返しあれこれ作り込んでいって、15日も同じ感じで抜き稽古と通し稽古で終わり、16日は、稽古場でのラストの稽古の日で、追加のセリフを前日に三谷氏より携帯メールで貰ったので、それを確認したりしながら、昨日と同じ感じであれこれと固めていって、8日間の稽古が遂に終わったのでありました^^。連日昼間は12時から1730頃まで稽古をやって、急いで自転車で初台から神保町まで行き、少し遅れたりしながら稽古に参加して、22時には終了して、誰よりも早く帰って行った日々も遂に終わると言う感じでもありました^^。
 そして17日は、久しぶりのシアタートップスへと、稽古後の夕方に少々遅れて入り、私にとっても15年ぶりの劇場であり、懐かしく、場当たりをして、ゲネプロをして、私は、大した事をしている役でもないのに汗をいっぱいかいてゲネプロが終わり、カーテンコールで舞台に並んだ時には、このメンバーとこの劇場でと言う事からか、何だかモノ凄く懐かしくなったのでもありました^^。
次の日の18日は初日であり、他の人たちは、昼間にまた稽古場で、抜き稽古をしたのでしたが、私は、12時から18時過ぎまで稽古だったので参加出来ず、18時過ぎにトップスに入り、変更になった点を二三聞いて、初日がドキドキの中、21:30から始まったのでありました。始まれば80分の舞台はあっという間に終わり、色々と反省もありながら、無事初日は終了したのでありました。次の日からは、三谷氏よりドンドン追加修正変更変化としていきながら、より一層面白く完成していく舞台でありました^^。今回は観る事が出来なかった方々がほとんどなので、この場で、詳しく台本を紐解くが如く、お話したい気持ちもありますが、諸事情により、口にチャックな状態になる事だけをお伝えして、あれこれ想像力を膨らませて下さるように、大人的によろしくお願いします^^。
毎回、最前列のお客さんとの近さに驚きながら、そのお客さんと目が合わないよにと気を付けながら、12回の公演を楽しみ、29日のラストの日は、三谷氏も登場し、他の公演で映像のみの参加になったいた梶原氏もラストに登場し、大盛り上がりで全てが終了したのでありました。
トップスの四階の外階段から見る新宿の景色を覚えておこうと思い、あの狭い楽屋を忘れないでいようと思い、開演前にその楽屋に皆が集まり、今回初参加の吉田羊さんは一足先に上へと行き、私がその数分後に、一番に階段を上り、奈落から舞台の袖にスタンバイしていたのでしたが、その何分かの間、楽屋で12人が待機していた様子を、何だか昔だなあと、いいねえと思っていた事を忘れないでおこうと思いながら終わって行ったのでありました^^。今回は夜、それも21:30からの公演は特別で、一日一回で全12回の特別な公演を、日々新鮮に楽しんだのでありました^^。
 今回の最後の文化祭は、サンシャインボーイズの前に、オムニバスで三劇団が公演をしていたので、六階のバーが楽屋であり、その楽屋が所狭しと正に文化祭の様な感じになっていて、いっぱい役者たちがいるなぁと^^、賑やかな楽屋で、ワイワイガヤガヤの12日間でありました。楽日を迎えて、劇場での打ち上げ乾杯の歳に、この劇場が無くなってしまうんだねとしみじみ思い、一時間前には、あの舞台に立っていたんだと、自分も今回参加出来て、本当によかったなと、この劇場を覚えておこうかなとしっかり劇場を見つめておりました^^。
 今回は、13人の俳優たちのスケジュールがあって、よく公演が実現出来たモノだと、これは奇跡に近い事だと言う人もいて、確かにそうだなと思いつつも、今回の公演は、何か意味があるのではないのかなと、15年目と言う丁度30年の半分で、意味があるはずだと^^、次の15年後は、果たしてあるのかないのか、今回は何かの布石なのか、次に何かが生まれて来るのか、それとも単なる偶然の産物、単なる出会い再会の場だけだったのかなと、そうではない様な気持ちもあり、単なるそれだけの様でもありますが^^、今回の楽しかった貴重な日々を、大切な思い出として、無くなってしまうシアタートップスと言う劇場と共に、いつまでも覚えていて、又新たな気持ちでより一層役者を楽しんでいきたいと思い、又何かのきっかけで、機会が合えば、今回の皆との再会を、舞台が出来る事を楽しみに待ちたいとは思うのではありました^^。終わったばかりで、何だかまとまりませんが、忙しくも楽しかった充実の23日間ではありましたのでした^^。それでは皆さんまたです。来月は、「シュートザクロウ」なる舞台をどう振り返っていますか、楽しみでもあります。春も盛りの四月を、皆さんまた多いに楽しんで下さいませ。お元気に^^。


北風と 南の風は 名を代えて やがて春風 日本を包む
陽が作る 春爛漫で 春祭り ウキウキ心 より盛り上げて
異文化を 我が身に置いて 活きてみる 人間同じも 違いも楽し

2009/04/29 〈[174]裏話独り言編:「映画の変身もあって,Shoot  the crowの公演を終えて^^」〉 戻る
 四月の上旬に、写真を撮り続けていた今年の桜たちが、風に舞い散り始めたら、急に気温も連日20度に達して行き、初夏の陽気が益々元気になりながらかなと思っていましたら、雨が降れば、やや肌寒くもなったりしながらと言った感じで、今年もゴールデンウィークを迎え様としているのでもありました^^。
 今月の10日から始まった「Shoot  the crow」なる舞台も、やはり二週間ちょっとで15回の公演は、始まれば、あっという間に終わってしまうモノでありますが、その15回でも色々と細かくあったかなの、私のとって初の翻訳劇でありました^^。
三月の10日から稽古が開始されて、あの東京サンシャインボーイズの「returns」と同時進行で進んで行き、「returns」は急ぎ足で作られて行きましたが、「Shoot  the crow」は、ゆっくりと先ずは本読みを三日間して、タイル貼りなる作業の練習も、手をボンドだらけにしながら、同時進行して行き、なんだかんだとペラペラ喋っている多くのセリフを何とか覚えてつつで、タイルを貼りつつで稽古は進んで行ったのでありました。そのタイル貼り作業をマイムでやっていれば、セリフも出て来る感じでしたが、実際のタイル貼りの作業が加わると、始めの方は、頭がどっちに集中するんだと叫んでいる様で、なかなか難しい感じではありました。そんな中、ゆっくりと自分のキャラクターを探り探りしながら、稽古は進んで行き、やがて粗くも通しての稽古が三月の最後の方で始まりましたが、いつまでも、目指す場所が見つからない感じで、ああだこうだと演っておりました^^。
そんな感じで昼間稽古をして、夜には「returns」の公演をして楽しんでいて、そのシアタートップスでのお祭り文化祭も心地よく終えた後の三月の末の31日に「沈まぬ太陽」なる映画での変身もあり、29日に盛大に幕を閉じたシアタートップスでの余韻を、楽しかったなあと残しつつ、次の日の30日に「Shoot the crow」の稽古では、元気に声を上げていて、次の日の31日は、稽古が休みで、昼前に映画の撮影に向かおうとしたら、声がいきなりカスカスになり始めて出なくなり、びっくりでありました。慌てて薬を飲んだりして現場へマスクをして向かい、しばらくしたら何とかどうにか、小声なら出るかなになりましたが、どうしたものかと思いながら、出番で呼ばれるまで、余り喋らない様にと静かに待っていたのでした。やがて呼ばれて、300名のエキストラの大パーティーのシーンでの、一コマに登場だったのですが、カメラはレール移動のワンカットであり、第一声から擦れながらも大きめの声を出そうとしていたら、監督に、もう少し落とし目でと言われて、ささやく様になり、声的にはよかった感じでしたが、ワンカットの中で登場した新聞記者役の私は、果たしてどうなのか、ささやいていただけで、声がコントロールされていないので、今一つ、どうかなと言う思いを残しながら、ドキドキの中、始まればあっという間の初登場ではあり、次は残りのワンシーンのみで、5月の末に又楽しみたいと思い独り言を出ない声でブツブツ言いながら帰って来たのでありました^^。
で、その次の日の「Shoot  the crow」の稽古からは、自分の声に気を使いながら、声帯を騙し騙しと言う感じで、何とか初日までの10日間を、作品をより探りながら、喉を気にしながら、完成へ向かって乗り切って行ったのでありました^^。
そしてやがて新国立劇場ならではで、ゲネプロを三回も演って、ドキドキの初日を迎えて、演劇はやはりお客さんと共にあると言うのを感じながら、作品が少しづつ見え始めて来たのかなではありました。そんな初日の次の日から三日間「ごくせん」の映画での変身もあり、又大江戸一家の面々と会い、「これで最後だね」と、寂しくもなりながら、楽しんだのでありました。三日間プラス次の休演日の一日で、映画ごくせんは全て終了して、七年前に始まって、3シリーズとスペシャルで色々と楽しんだ「ごくせん」も遂にファイナルになってしまい、映画のスクリーンで、大江戸一家がどんな感じに登場するのかを楽しみに待ちながら、又七月に、あれこれしみじみしたいかなと思うのでもありました^^。
 そして「Shoot  the crow」は、一回目の休演日を終えて、六回の公演をして、又次の休演日の後、六回の公演をして終わったと言う、今回は昼夜二回の公演がなく、一日一回の公演で嬉しくよかった感じで、一日一回「よーい、ドン!」で開始されて、今回は開演の30分前の開場時からタイル貼りの作業をしていて、開場時で気軽な感じではありましたが、決められたタイル貼りの数等々があるし、きっかけ段取りがあるし、客席を見る事も出来ないしと、もう開場時から開演はしている感じで、台本では、1時間40分でしたが、今回は二時間ちょっとの公演ではありました^^。
 そんな今回の「シュート・ザ・クロウ」なる北アイルランドの作品は、私には初めての翻訳劇であり、私は、ピッツィと呼ばれてはいましたが、タイル職人と言う普通の労働者で、物語も普通の日常の生活で、名前が違うだけで、日本人にすればいいだけで、同じ人間の物語だと、気にする事なく作品を読み、世界に入って行ったのでありましたが、文化、考え方、思考回路、生活環境が違うと、コテコテ日本人の私にとっては、読めば読むほど、演れば演るほど今までの芝居とは違う感じだぞといい聞かせるばかりであり、今回は、自然な芝居の流れから発生していくモノではなく、とくにセリフは、覚えてはいるのですが、最後の最後まで、出て来るのかなと気になり心配ではあり、自分から発生させていかなくてはいけない感じで、セリフへの集中も又違った感じではありました。そんな北アイルランドの人間の思考を感じつつ、違うアプローチで作って行くモノだと、あれこれ違いを実感しながら、とにかくは先ずは、タイル職人に見える事からで楽しんだのではありました^^。
又私のピッツィなるキャラクターは、あの工事現場の責任者的立場でもあり、ドンと構えていなくてはいけない感じでしたが、フットワークが軽すぎるぐらいな私にとっては、なかなか別モノと言った感じで、先ずは、落ちついてを考えて、自分の中にも存在しなくはないキャラクターではあるので、そんなキャラクターを引っ張り出しては、常に意識して楽しんで行ったのでありました。
又今回のセリフには、私が普段絶対に発しない言葉が出て来て、そんなスラング、汚い言葉には少し抵抗もありましたが、そんな言葉もキャラクターで発しながら楽しんだのでもありました^^。
 全15回の公演では、恐れていた、貼ったタイルが剥がれ落ちるとかのハプニングはありませんでしたが、一回だけ私は、脚立を倒してしまって、それも壁がある設定の場所から階段下まで落としてしまって、壁をすり抜けた形にしてしまったのでした。落とした直後は、ややびっくりして一瞬どうしたモノかなと考えましたが、落とした脚立だけは、拾い上げて元の場所に戻して芝居を続けたのでしたが、一緒に転げ落ちた道具箱とか工具類は、まだ散乱していて、それらが気になりながらで芝居を進めて行き、その後、何とか芝居でランドルフに片付けて貰って、そんなに大事にはならなかったのでありました。後は気が付かないまま名前を間違っていて、ランドルフに「ソクラテスがここんとこやべぇだろう」と言うセリフを、「ランドルフがここんとこやべぇだろう」とランドルフに向かって言っていて、終わってからそれを言われてびっくりした事があったぐらいであり、自分のセリフの間違いは多々ありつつも、相手のセリフの間違いにもドキドキしながらでもあり、細かい事なら、色々といっぱいあったかなの、今回の公演ではありました^^。気になっていた喉の具合も、声も最後まで潰れる事なく、大きな声を出す事が出来て、万事良かった良かったではありましたが、私が声を張ると、異様に大きな声になるみたいで、終始張っているわけでもないのでしたが、声の大きさが印象に残るみたいで、観に来た人が皆、声が大きいと言う感想なので、後半は極力、声の張りは抑え気味にしたりしながら、ピッツィを楽しんだのでありました。しかし張る時は、やはり声を張るので、感想は相変わらず、「声が大きいね」であり、「タイル貼り巧いね」であり、あとはタイルへの質問等々だけで、どうだったのかなとは思いますが、今までにない感じの役ではあり、初の翻訳劇ではあり、色々と感じ考えて楽しんで、演って良かったかなの「Shoot  the crow」なる舞台ではありましたかな^^。又貼り終わったタイルを捨てると聞いて、貧乏性の私は、勿体ないと思い^^、一日20枚程毎日持って帰って、150mm×150mmのタイルを計300枚ちょっと手に入れた舞台でもありました^^。何に使うのかは、まだ思案中ではあります^^。新国立劇場制作の舞台の参加も初めてであり、稽古場所も同じだったので、二ヶ月近く通っていた、新国立劇場に、次はいつ来るのか、どうなのかなと思いつつも、忙しくも楽しき三月四月でありました^^。そして五月は、どんな一ヶ月になりますか、あるドラマもありつつ、初夏の陽射しにウキウキ心になりながら^^、あれこれと楽しみたいと思います。どうぞ皆さんも梅雨の季節の前の、爽やかな風の中、色々と楽しんで下さいませ。お元気に^^。


色違う 皐月の風に 揺れながら 陽に浮かされて 楽しむ季節
花々を 初夏の陽射しが 包み込み 人も陽の中 元気にはしゃぐ^^
春と夏 空に雲にと 変化月 我と他ととの あいだを見つめ

2009/05/30 〈[175]独り言編:「戯曲考え中,市役所職員に,トホホ携帯データの三本です^^」〉 戻る
 今年のゴールデンウィークは、皆さん如何お過ごしでしたか?私はと言いますと、どこかに行く事もなく、毎年何処かに出かけているわけでもないのですが、去年のゴールデンウィークは何をしていたのかなと、去年の手帳の五月のページを見ますと、「ごくせん」の変身で楽しんでいて、又時々「筋トレ」の文字が書いていたのでびっくりでもありました。春から夏にかけてのこの時期は、我が筋肉は、刺激を求めて鍛えたいと思ってしまうのかなと、ちょっと不思議で驚きでもありました^^。
で、話は戻って、私の今年のゴールデンウィークはですが、何をしていたのかと言いいますと、「朝の挨拶」でも書いていましたが、祝日は映画へも行けずでしたので、ただただ舞台の台本を書いていたのでありました。先月の終わり頃まで、あれこれと舞台で楽しんでいて、そろそろ本気で、自分の舞台を書きますかなと、以前から粗書きで書いていた新たな戯曲を、形あるものにしようかなと思いだし、遂に書き始めたのでありました^^。しかしいざ文字にして、人に伝える形にするには、なかなかややこしい男三人の舞台であり(完成したら若い女性三人バージョンもありかなとも思っていて)、日々パソコンの前で、文字を吐き出しては、中断中断し、今も考え中の日々なのでもあるのでした^^。
男三人が、それぞれに自分の中の他人、他人の中の自分を考え、時間の流れの有無、その有無に於ける自分との対し方を模索して、人の意識は分裂移動が可能で成立すると無理矢理考えて、あちこち思考を飛ばし、それらを踏まえつつ、物語を書いて行くと、これがなかなかややこしくて、ただただややこしい感じのこんな説明だけだと、内容はさっぱりで、どんな舞台かちんぷんかんぷんで、お堅い感じにしか伝わりませんが、人に見せようとしているモノは、そんなに堅苦しくはなく、単純化して楽しき舞台を目指していて、どんな舞台の設計図になりますか、先ずは早く土台をと思い、幕が降りるまでを先ずは書きたいと思うばかりで、いつの日にか皆さんにお目見え出来る日を楽しみにで、今日も明日もまだまだ考え中は続き、少しづつ前へは進んでいるのかなではございます^^。
 そしてそんな考え中の日々の中、NHKの土曜ドラマ「再生の町」なるドラマで、またNHK大阪へと行き、衣装合わせ、顔合わせ、本読みを経て、5月の16日の一日だけ変身があり、門真市の市役所で、門真市の方々がエキストラで参加して頂いている中、久しぶりの筒井道隆氏との共演を楽しんだのでありました。全五話の内、その一日で一話から三話までの私の登場は終ってしまい、私の役は、架空の市、なみはや市市役所の市民課の職員で、労働組合の委員長でもある役で(顔合わせの挨拶で、委員長と言う大役を頂き^^、改革派と何とか闘いたいと思いますと挨拶しましたが、闘うシーンは今の所なく)、微妙な感じでもあるかなの関西弁を喋り、毎回ホンのワンシーン、ツーシーンでちょこっとの登場ではありましたが、どれだけそのワンシーン等々に気持ちを放り込めたのかなと、気になるところではあり、八月末からの放送がドキドキ楽しみでもあります。町の再生のドラマで、やや硬派な感じではありますが、ドラマ自体も楽しみで、今は、残りの四話五話の台本が楽しみであり、又六月入ってからの変身を関西弁であれやこれやと楽しみたいと思います^^。又来月には、何かご報告が出来るかなでもございます。
 そしてそんな五月は考える日々だけで、何も大してなかったかなと思った下旬に、マイ携帯がブロークンしてしまい、大ショックミーな私でもあったのでありました。修理から戻って来たマイ携帯は、私の願いが届く事なく、全てのデーターがなくなってしまい、「消えてしまった私の二年四ヶ月の日々が」って気持ちでございました^^。どうしてこまめバックアップを取っていなかったのかなと悔やまれて仕方なく、壊れる前の前々日にメール等々の接続具合が悪いと気がついた時点で、何とかしていればとも思うも、その時に完璧に壊れてしまうとは思うわけもなく、バッテリーがちょっと熱いぞと思っても同じ気持ちであり、遂に電源が入らなくなってしまった事で、慌ててドコモショップへと行き、電源が入らないとバックアップも取れないとその場で知らされ、ドンドンショックミーな私になっていったのでありました。いつまでもショックミーになっていっても、もうどうしようもなく、修理に出して祈るばかりでありました。二年四ヶ月の間でどんな写真を撮っていたのかなと思い出しながら、変身の度に撮っていたあの写真たち等々は、もう消えて戻って来ないと残念に思うばかりで、電話帳には、どれだけの情報が二年四ヶ月の間で増えたのかなと思い返しても、これはさっぱり判らなくて、何よりも保存メールに入れていた、大量の思いついた物語、文章の欠片たちが、なくなってしまったことが、「ありゃりゃのトホホ」であり、急いで保存の出来るmicroSDを購入して、まめに入れる事にしたのでありました。多少なりともの救いは、以前に使っていた携帯に残っていたデータがコピー出来た事であり、携帯自体は使い古されたまんまなのに、中身だけは二年四ヶ月前に戻ってしまったマイ携帯であり、設定を自分仕様に変えながら、何とも複雑な感じで、新品ではないけど、又新たに始まると言う感じでございました^^。皆さんもバックアップだけは、こまめにでございますです^^。
 そんなこんなで五月が終わり、雨の季節の六月が始まります。その六月も、市役所職員への変身で楽しみ、その他の変身も来る事を願い待ちながら、誰が待っているわけでもなく、公演の予定も全くない自分の舞台の台本をひたすらに考え書いている日々かなでもあり、どんな一ヶ月になりますか、他も色々とあれこれ楽しみたいとも思う私でございます。それでは皆さん、雨の季節もどうぞお元気に、またです。


水無月の 雨の様子が 気になりて 降るか降らぬか 虹は架かるか
日常と 架空の世界 行き来して それぞれ語る それぞれの我^^
紫陽花が 群れ咲く中に カタツムリ 歩みの速さ 真似てみるかな?

2009/06/30 〈[176]変身報告編:「映画沈まぬ太陽と土ドラ再生の町を終えて^^」〉 戻る
 梅雨の季節に雨が割と少なくて、雨が降ったら蒸し蒸し蒸しっと暑くなり、そんな蒸し蒸しの日々が続いていき、いつの間にか本格的な夏へと日に日にに向かっている感じの6月が終わろうとしておりますが、そんな6月は何をしていたのかと申しますと、先ずは、5月の晦日の最終日に、映画「沈まぬ太陽」での2ヶ月ぶりの変身があったのでありました。
二つしかない私の登場シーンの内容を詳しくは言えませんが、言ってもなんらストーリー展開を邪魔する事もないのではありますが、私の二シーンしかない登場の楽しみとして、言わずにとしておきたいと思います^^。で、一つ目のシーンが、先の楽屋でもお話しした、あるパーティーでのシーンであり、声が出なくてコントロール出来なくて、どんな感じに登場しているのかなと気にしていて、今回は、マイ声も元気元気で、あるクラブでのワンシーンで楽しんだのでありました。何人ものホステスさんとみんなで盛り上がるシーンで、一人声が大き過ぎて、私の声しか聞こえないみたいで、「ホステスさんたちも盛り上がって」と言われてて、何とも申し訳ないとは思うものの、盛り上がりを抑える事も出来なくて、多いに一人楽しんだのではありました^^。そんな盛り上がりの前に、私の演技プランにはなかった行為を監督さんに言われて、いや言って頂いて有り難く、より一層ホステスさんたちをはべらして楽しんだのではありましたが、これがなかなかこれが難しくて^^、激しくなったり遠慮がちになったりと、微妙なさじ加減が難しくて、それも喋りながらであったので、これは動きを決めて行かないとと、何回もテストをして貰い、いざ本番ではより一層二層楽しんでみたのでありました。しかし大事な一言を噛んでしまい、長めのワンカットだったので止めたかったのでしたが、止める事が出来なくて、最後まで演って、OKは出ましたが、色々と反省のワンシーンではありました。ホステスさん役の方々には、何だか又、申し訳ない思いにもなったりしたのでありました^^。そして全ての登場が終わり、ツーシーンしか出ていない私にまで花束が来てびっくりの中終わり、相変わらずで、ブツブツ芝居を振り返りながら帰って来たのでありました。台詞のある役が180人近くいると言う、話題になるだろう大作「沈まぬ太陽」の上映が楽しみであり、あとはカットにならない事を切に祈りるばかりでこざいます^^。
しかし、そんな終わったと思った一週間後に、リテイクなるモノもあり、ラストのラストの盛り上がりだけをもう一度楽しんで、花束はありませんでしたが二度目のお疲れ様を言って、あれこれどうだったかなと又思い巡らしながら、本当に終わったのでありました^^。
 そしてNHK土曜ドラマ「再生の町」での変身も何日かあって、先ずは、唯一のスタジオでの変身があり、ちょっぴりしんみりの芝居でワンシーンを楽しみ、このシーンが放送を観てより確認したい芝居かなではありました。別の日には、町のお祭りシーンで暑い日射しの中、架空のなみはや音頭なるモノをみんなで踊って楽しんで、又別の日には、神戸のあるホールにて、タウンミーティングのシーンがあり、私はそのシーンでは、リアクションのみで、四つのリアクションを「えっ」「はあ」「ほお」「おお」と一番最初に一気に撮って終わって、500人のエキストラさんに見送られながらホールを後にしたのでした。その日は、アドリブの言葉も何も出て来くて、何も喋ってなかったなあと、あれこれ考えながら神戸の港とかを懐かしくウロウロしながら帰って来たのでありました。そして又別の日に、市役所の中での仕事のシーンを楽しみ、これまたあれこれ反省しながら終って、私の最終日は、あるシーンロケでの喋る事のないホンの一瞬のリアクションで終わり、色々と楽しんだ今回の市役所の職員が全て終ってしまったのでありました。もっと主演の筒井君と芝居を楽しみたかったなあと思いつつも、なかなか硬い内容ながらも、ええ感じのドラマになってるみたいであり、8/29からの放送が、凄く楽しみになって来たのでありました。
 そんなこんなで、月末にはある本を真剣に書いたりと、色々とありながらで6月は終わり、来月は何があるのかなと期待しながら、「ごくせん THE MOVIE」が盛り上がっていく事を楽しみにして、私も自分の脳をより楽しくして盛り上げて行きたいかなと思うのでありました。夏は益々、暑くなっていきますが、夏バテせぬ様に今年の夏も、皆さん多いに楽しんで下さいませ。それでは来月に又です、お元気に。


陽射し来て じわりじわりと 夏が来た 夏の遊びは その夏で決めて
暑いぞと 蒸し蒸し夏を 無視出来ず 前にも書いた 洒落も蒸されて
我脳に 閃く世界 どこまでも 広げて次に 文字で広げて

2009/07/29 〈[177]独り言編:「富士登山延期で,刑事へ変身し,本を書いてます^^」〉 戻る
 梅雨明けをしたと思っていたら、戻り梅雨なるモノもやって来て、すっきりしない日々が続きながらも、今年の七月は終わろうとしております。そんな不安定な空模様ゆえに、予定していた初めての富士山登山も延期する事にして、日々ニュースでは、落石事故があったり、大雪山で遭難があったり、富士山でも行方不明者も出たりして、なぜか山の事故のニュースが目立っていて、盛り上がる気持ちを削いで行く感じでもありますが、8月の後半に予定している富士山登山は、果たして実行出来るのかどうなのか、なかなか難しいモノでもある様な感じにもなっては来ております^^。
そんな富士山登山をする前に、長時間歩いてみようと思い立ち、山崎画大氏と歩き歩き大会なるモノを七月中旬頃に実行してみたのではありました。
歩き歩き大会の事は、「朝の挨拶」でも書きましたが、記録としてここでも又書いておきたい思います。とにかく初めて歩いた歩いた歩いたであり、結局7時間も歩いてしまって、ちょっと歩き過ぎたのかなの歩き歩き大会ではありました^^。何キロぐらい歩いたのか、東京の地図を見て頂けると、分かりやすいと思いますが、11時に家を出発して、30分程で、環七と小田急線の所で山崎画大氏と合流し、井の頭線の新代田駅から線路沿いを、井の頭公園へ向けて歩いて行き、途中桜上水辺りから甲州街道を歩き、その後中央自動車道の脇を歩いて行き、久我山から神田川をひたすら歩いて、この時点では、まだ余裕の二時間ではありました^^。そこから三鷹台でちょっと迂回しながら、14時に井の頭公園に着いて、30分程休み、玉川上水を歩いて歩いて、三鷹台辺りから川沿いを止めてルートを変えて、人見街道へと入り、仙川なる川を、多摩川を目指し歩き出しましたが、これは夜になってしまうと思い、小田急線までと変更して、やっと辿り着いたのが、成城学園前駅でありました。そこから又環七までひと駅ひと駅を歩いて、ひたすらに歩いて、かかとが痛くて小走りになった山崎画大氏を見ていると、「日本テレビの24時間テレビ」の「サライ」の歌が自然と出て来て、唄いながらのやっとのゴールでありましたが、まだゴールではなく、そこから30分歩いて、家まで一人で帰り、家に着いたのが、18:15頃でありました。時速4km/h~5km/hで歩いて七時間歩いたので、30kmから35kmも歩いてしまった初めての歩き歩き大会でありました^^。まあ、体力はあるのかなとしても、富士山を七時間近く登るのは、果たしてどうなりますかと言う感じではございました^^。
 そしてそんな富士山の事を考えていた七月の変身は、一つだけで、伊豆の城ヶ崎なる崖へと行き、あるサスペンスドラマのラストシーンを刑事役であれこれ楽しんだのでありましたが、どんな番組でどんな登場になりますか、あるNHKのバラエティー番組内で登場かなぐらいしか全く解らなくて、8/6の0:10からの放送が何だか楽しみではあるのでした^^。
 そしてそして富士山の事も考えつつ、変身も一つしつつ、7月のメイン的な出来事は、ある本を書いていた事でありました。しかし今回は、今までの自分の脳の蠢きを抑えるべくモノとしての本ではなく、ある目的を持っての、遂に他に対してのアプローチになっていくのかなと言う、作家として、面白く成立するのかどうなのか、自分に果たして才能があるのかどうなのかと言う、遂に別の大きな引き出しを開けて、その中にどれだけの引き出しがあるのかなとの試みでもあり、今もどうなるのかが続いていて、本作りの日々でもあるのではありました。
その始まりは、六月の終わりに、あるプロデューサーさんとの話しの中で、最近の本の話しになり、自分は、読むよりも書く方でと言う話しになり、五年前に書いた戯曲が、ラジオドラマでも、面白いかもと常々思っていたので、このチャンスをと思い、400字詰原稿用紙で256枚モノの戯曲を、読んでもらったのでありました。そしてその結果、反応もいい感じで、嬉しくて、戯曲のままだと長すぎるので、早速カットが出来る部分はないかなと考えて、勢いで書いていた無茶苦茶な戯曲の終盤の部分をごっそりカットして、先ずは、256枚を192枚にしての第一稿目を作ったのでありました。それは、取り敢えず終盤だけの変更で、まだまだであり、実現へ向けての話し合いをちょっとしてから、「とにかく書いてみます」となり、本格的にラジオドラマ用にと書き始めたら、まだまだラジオドラマの台本とははは、やんわりと解る程度でありの中で、何とか考えて四日間で書き直して、192枚を120枚に短くした第二稿目が出来たのでありました。よりリアルさを加えて書き直しして第三稿目を同じ枚数で書いて、遂にちゃんとした話し合いの場を設けて貰って、自分の思いとか考えとかを喋って、プロデューサーさんの話しとかを聞いていたら、完璧に自分のイメージと他の方のイメージの根本の違いを知り、「こりゃあかんわ、さあ、どうしようかな」と思い巡らしながら、50分のラジオドラマでの可能な枚数も聞き、なんとか今回の企画を成立させる事を目指して、自分の思いは棄てずに考え設定をガラリと変更して、120枚を80枚にした第四稿目を書き上げたのでありました。この第四稿目が試金石だった感じで、それぞれのイメージの違いに、この企画は流れるかもとの思いもプロデューサーさんにはあったみたいでしたが、しかし変更転換された本の出来に、成立により向かったとの感想を頂き、ホッとはしたのでありました。そして演出担当の方の意見を聞いて第五稿目を書いて、まだまだ読み返しみて、あともう少しかなとは思いつつも、どうなるのかはまだまだ解らずではあるのでした^^。しかしもう今は、早く私も含めた役者さんたちで読んでみたく、聴いてみたい思いでいっぱいであり、とにかく何とか先ずは決定稿にしたくて、そして次の段階のキャスティングが楽しみであり、その後収録になり、遂に放送へと、まだまだ道のりは遠い感じではありますが、その時が来るのを楽しみ待ちながら、一つ一つをクリアしていく事だけを考えて、何だか楽しみであります。そんな今を伝える独り言でありました^^。来月の楽屋では、どんな報告が出来ますか、ドキドキでもございます。来月の八月は、そんな事を楽しみにしつつ、変身もあり楽しみであり、図工展は開催されるのかどうなのかでもあり、暑い暑い八月も、皆さんバテませんように、楽しんで参りましょうでございます。それでは、又でございます。皆さんお元気にでございます^^。


蝉の声 集まり鳴くも 雑ならず 活きるの声に 夏も盛りに
黙々と かたまり雲が 夏の絵を 眩しき空に 次々に描く
同じ日々 過ごしてる様 いや違う 楽しみ見つめ 日々を楽しむ^^

2009/08/30 〈[178]独り言編:「元日本兵囚人と秘書へ変身し,図工展もあり,より本を書いてます^^」〉 戻る
 今年の夏は、いつまでも蒸し蒸し暑く、すっきりしないって感じであり、八月も終わろうとした頃から、朝晩は秋な感じにもなり、今年の夏も終わろうとしているのでありました^^。
 そんな八月での変身は、先ずは、毎年やっているある戦争ドキュメントドラマが今年もありまして、今年は歌手の渡辺はま子さんの物語であり、有り難くも又私も役を貰い、終戦後戦犯でフィリピンのモンテンルパ刑務所へ送られた元日本兵の一人で、「ああモンテンルパの夜は更けて」なる歌の作詞をした、代田銀太郎さんを寡黙に寡黙に四日間連続で楽しんだのでありました^^。
一日目は、朝から22時まで囚人服と言う同じ格好の人間たちがいっぱいいる中で、五シーンでの変身を、台詞もなく、ほとんどがリアクションって感じで楽しんだのでありました。 二日目は、八シーンを、これまた寡黙な男ゆえ、ほとんどリアクションで終始し、撮影が台本の順番ではないので、気持ちのテンションがあちこちでもあり、今はどれぐらいのテンションなんだろうかなと、考えて確認しながら、あれこれリアクションを楽しんだのでありました。あるシーンでは、独房内で、セリフもなく、あれこれ思う芝居がありましたが、果たして、どこまで伝わるのかが、カットなき事を願いながら放送がドキドキ楽しみであります。
三日目は、渡辺はま子さんがモンテンルパ刑務所へ慰問に来るシーンであり、歌うと言う大盛り上がりのシーンでありました。渡辺はま子さんは薬師丸ひろ子さんが演じていて、この日は、本当の慰問コンサートの様に、リハーサルは代役の方が演って、本番だけ薬師丸さんが登場すると言う演出で、寡黙な人間の私は、寡黙なりの大いに盛り上がって楽しみ、この日のシーンも、放送が又違った感じでドキドキ楽しみであります。そしてこの日の最後には、前日撮ったシーンに流れる、モノローグとかの声録りがあり、ちょっと思っていた感じとは違い、戸惑いの中、イントネーションが微妙に怪しくなったりして、悔しい感じを残して反省反省で、三日目を終えたのでありました。
四日目は、朝からの凄い大雨で、どうなりますかなと思いながら横浜の現場に向かいましたが、時折止んで、時折降っての中、横浜山下公園内にある氷川丸なる船を使っての撮影は続き、私の出番の、昼過ぎには、雨が止んではいましたが、ポツポツ来たりして怪しい感じの中、急ぐ感じになりながら、ラストの変身を楽しみ、どうだったのかなと思う中、全ての登場が無事終わったのでありました。私の登場は、ちょこちょこっとって感じですが、どんなドラマに仕上がりますか、9/12の放送がドンドン益々楽しみになってきました。
 そして、お盆の頃の14日、15日、16日に.第三回目の図工展を何とか開催して、又やって良かったかなと思う三日間ではありましたが、やはり多くの人たちに来て貰うには、いつ、どんな感じで開催したらいいのかなあ、なんて考えたりもした図工展ではありました。色々と様子等々詳しくは、回顧ページを又近日中にアップしますので、どうぞ皆さんよろしくお願いします。
そしてある二時間ドラマでの変身もあり、初めての監督さんで初めての共演者さんの中、登場はちょこっとって感じですが、あれこれとある秘書役を楽しんだのでありました。この放送も楽しみではありますが、二時間ドラマゆえ、いつになりますか気長に待ちたいと思います。
 そしてそして、先月から続いている、あるラジオドラマの台本が、実現に向けて確実に進んでいて、内容がいい感じにまとめられた企画書を読まして貰ったら、面白そうだなと思ってしまい、キャスティングの段階にも入り、ある俳優さんのスケジュールの関係で、収録日も決まって来て、もう有り難くもびっくりの展開でございますが、そんな中、本の追加書き直し等々も最終段階に来ているって感じではあり、しかしなかなか決定までは行かず、より良いモノにするべく、吐き気がするほど読み返し書き直しの日々でございます。今回は、まだまだ駆け出しの新人の私ゆえの事だからではあり、そう簡単にはいくわけもなく^^、しかし来月早々には、私の世界が形になるのかなでもあり、どうなりますか、来月の報告が楽しみでございます。そんなこんなで八月を終え、九月は、どんな一ヶ月になりますか、又色々と楽しみたいと思います。それでは残暑と秋の気配の9月も皆さん、多いに楽しんで参りましょう、お元気に^^。


陽が作る 夏を残して 秋の風 昼はセミ鳴き 夜は鈴鳴く
空ばかり 見上げていたら 雲も秋 壮大空に 雲の絵期待^^
創られし ドラマにドラマ 積み重ね 自由に我の 世界楽しむ

2009/09/28 〈[179]独り言裏話編:「楽屋:初めて書いたラジオドラマの収録を終えて楽しみを^^」〉 戻る
潜水艦家族
ラジオドラマ潜水艦家族台本
 2009年の9月の始まりの日、47歳と6ヶ月にしてようやく運よくではありますが、本多筆治(ほんだぺんじ)なる新人の作家が産声を上げたのかどうなのかでありました^^。書いたラジオドラマが放送されて初めて世に出たとなるので、まだどうなるのかではありますが、先月末に「潜水艦家族」なるラジオドラマを書き上げて、やっとこさでプロデューサーさんよりの決定の声を頂き、遂に自分の本が製本されたのでありました^^。(まだ公には出来ないかなであり、この場だけでこっそり報告かなであります)
 今回の作品は、元々は舞台の戯曲として書いていた本だったので、書き直していても、いつまで経っても、ついついラジオドラマを忘れてしまう感じでもあり、役で、喋らなくて状況を見つめている無口な人間は、ラジオドラマ内には、存在はしなくて、性格を踏まえさせつつも、何かを喋らせなくてはいけなったりして、なかなかラジオドラマは特別世界であり、ラジオドラマの難しさを知ったりした、今回の初めての本作りでありました^^。又、制作がNHK大阪局のラジオドラマなので、家族は全員関西弁に変えて書いていったりもしたのでありましたが、私なりの関西弁って感じにもなって、関西弁を文字にしていくと、ほんまにドンドンワケわからん様にもなっていったりもしたのでもありましたわあ^^。
 そしてリハーサールが先ずは収録の前日にあり、待ちに待っていたそれぞれの俳優さんの声を通して、聴いてみたかった自分の本であり、私は、自分の役を演りながらも、他の方々の芝居を何とか聴いていったのでありました。しかしやはりちょっとわけが解らないかなの今回の本でもあるかななので、他の方の芝居のニュアンスがちょっと違うなあと、気になって気になってしまって、演出家がいるのに、ついつい口を出してしまって、こりゃ立場としては難しいなあと言う感じでもありましたが、でも本の事を一番解っているのは、私だしと、明日の収録のために何とか、私の世界を、伝えておかねばと思い、遠慮がちになりながらも、気になった部分を何とか言って伝えて言って、最後のページまで行き、リハーサールは終わってしまったのでありました。「もう明日の収録が、勝負であり、何とかなるのかなあ」と思いながらも、私は、役者モードへ切り替えていって、収録当日を迎えたのでありました。
 次の日の収録は、50分ドラマですが、13時から19時30分頃まで収録はかかり、皆さん、有難うございました。お疲れ様でしたと言う感じでありました。皆さん、前日のリハーサールよりは、少しは、私の世界を理解して頂けたのかなと言う感じで、私の役は、引いて見ている様な役なので、時折、皆さんの芝居、セリフを聞いていて、自分が書いたセリフを、時にはへんてこなセリフを、皆さんが人間の声にしてくれて、世に出して貰っていて、「自分が書いたんだよなあ」とか、「よく書いたなあ」とか、色々と思ったりしながら、微妙なニュアンスが、微妙だったりしながらも、馬鹿馬鹿しいシーンを大声で、演って頂いて申し訳なく有り難く、淡々とではありましたがドンドンと収録は進んでいき、ラストのみんなの一声で「はい終了、お疲れ様でした」となり、皆さんの感想も聞く事なく、皆さんは、あっさりと余韻もなく「お疲れ様でした」と帰って行ったのでありました。果たして皆さんは、楽しんで頂けたのかとどうなのかと思いながらも、私はそれどころではなく、皆さんを丁寧に見送る事も出来ずに、最後の最後で、プロデューサーさんがある部分の台詞に疑問を持ち始めていて、納得いかないと言い出し、私の中では成立はしていたのでしたが、収録後すぐに、役者から作家モードへとなり、その場で必死に書き直しを始めたのでありました。プロデューサーさんの、こうならば何とか納得いくのかなと言う案とにらめっこしながら、ゆっくりも出来ずに、何とか、自分の世界を入れつつで、その場でセリフを書き直して行き、残っていて貰っていた俳優さん二人にも告げて読んで貰い、何とかどうにかこうにか、成立させる事が出来て、その部分の収録をして、初めての自分の世界が形になったラジオドラマの収録の全てが、何とか終わったのでありました^^。
俳優に読んで貰ってあれこれ解って来る事も多々ありありであり、後は、効果音が入って、「どうなるんやろう」と、思いつつも、私は、役者であり、自分の役は、どうだったのかなと、思い返し反省するばかりでありました。舌が、相変わらず回らなくて、自分が書いた台詞なのに、「ソナー手助手」が、なかなか難しくて、何とか辛うじてクリア出来たのかなではありました^^。その他、皆さんも終盤は疲れて来ているせいか、ある役者さんは、「見晴らしがいい所」を「みたらしがいい所」と間違い、差し入れのみたらし団子がテーブルにあったので大笑いになり、別の役者さんは、「潜水艦家族や」を「水族館家族や」になったりして、時折楽しげな感じになりながら、収録は、終わればあっという間であり、楽しきかな6時間ちょっとでありました。
そして二週間程経った20日の日に、完成しましたとのメールが来て、これであとは、放送されるのか、どうなのかは、10月になってからのNHK局内での試聴会なる最終チェックがあり、そこで放送が決定になるかどうかであり、幻になってしまうのか、どうなのか、私もまだ聴いてなくて、音楽を三谷氏の作品の音楽もしている、荻野清子さんに作ってもらい、全てが重なり合いどんな世界に仕上がっているのかがドキドキ楽しみ過ぎる程楽しみでございます^^。
そんなラジオドラマの11月の放送を待ち望みながら、その前にやっと私の登場が始まる、「我が家の歴史」なるドラマでの変身が遂に始まり、これまた凄く楽しみであり、あれやこれやと細かく楽しんで行きたい思うばかりでございます。皆さんも、まもなく秋が本格化して行く10月であります。どうぞ色々と来月も楽しんで下さいませ。お元気に。ではまたでございます。


神無月 神も集まり 運動か 風に押されて 踊るが如く
季の変わり 風の変わりに 雲変わり 花も変わりて 気持ち新たに
芸術へ 脳が動きて 又文字を 色を形を 秋を感じて

2009/10/29 〈[180]独り言編:「我が家の歴史と不毛地帯での変身を楽しんでいます^^」〉 戻る
 いつもの秋とは、どんな感じだったのかなと、朝晩はすっかり冷え冷えにはなっては来ましたが、日中は、なかなかの汗ばむ陽気でもあり、秋への様変わりが、何だかあやふやな感じであり、でも確実に深まっては行っている感じでもあり、このままいつの間にか、冬になってしまうのかなと言う、そんな秋の始まりの10月が終わろうとしているのではありました^^。
そして先月の9月の29日に「我が家の歴史」なるドラマでの変身が、北九州ロケより始まって、初日は、いきなり第二夜(話)目からのワンシーンだけであり、キャラクターが「どうなんだ?これかな?どうかな?」と思いながら、一言「私が」と喋って、私の変身は始まったのでありました^^。
そして予定通り二日間宿泊先の小倉で、雨の小倉城を歩いたりしてのんびりと過ごして、小倉市から飯塚市なる場所へと移動しましたが、雨で一日延びて、昔、九州の大衆演劇の聖地と聞いた事があった「嘉穂劇場」がある街でもあり、その劇場を雨の中見に行ったりして、雨の三日間をのんびりのんびりと、写真だけは撮りながら過ごしたのでありました。そして帰る日に、田川市なる炭坑節の発祥の地で、レトロな車をちょっと運転したりしてのワンシーンを撮り、北九州での変身を終えたのでありました。
その二日後には、砧のTMCスタジオでの変身が先ずは三日間あり、私の役は、あるダンスホールのマネージャー役なので、そのダンスホールのセットの中、タキシードを来て、「行ってらっしゃいませ」「かしこまりました」と常に低姿勢をキープしながら、でも、立場的には、社長、副社長の次で、ナンバースリー的立場でもあり、でも役的には、どうなんだろうかなと思いながら、スタジオ初日の六シーンを微妙な気持ちの動きの中で役を楽しみ、二日目の二シーンは細かく思いながら楽しみ、三日目は三シーンを反省しながらもああかなこうかなと楽しんで、この三日間で第一夜(話)目での私の登場は、早くもほとんどが終わったと言う感じでもありました。果たしてどんな感じになっているのかなと、ひたすらに振り返りながら、あれやこれやと考えて、次の変身日を待ち、三日間空いて、又スタジオにての変身が二日間あったのでした。どちらもワンシーンだけではありましたが、一日目は、ある事件に関しての唯一ちょっぴり多めの説明台詞を、刑事にならない様にと注意しながら何とか喋って楽しんで終って、二日目のワンシーンは、朝のお迎えで、一言喋って、細かく見つめたりしながら楽しんで終わったのでありました。
そして又三日間空いて、スタジオにて第三夜(話)目での登場シーンを、この日は二シーン程、怒られるシーンだったり、勝手にしんみりって言う感じになったりして楽しんで、10月のスタジオでの撮影が終わったのでありました。その次の日には茨城県の水海道なる場所へと行き、ある民家の家の前でのお迎えを色々と、リアクション等々で楽しんで、一日おいて大磯ロングビーチなる場所へと初めて行き、あるパーティーのシーンに列席して、これ又リアクションで楽しんで、10月での私の「我が家の歴史」での変身は終わり、今月の末には、昔の日本の街並みが再現されている、中国上海の松江なる場所へと行き、初の中国で又あれやこれやと楽しんで来たいと思うのでありました。
と、ツラツラツラツラと変身日記みたいなモノを書きましたが、どんなドラマで、どんな役なのかが、これでは伝わる事はなく^^、さっぱりって感じですが、2010年の春の放送がとにかく今から楽しみであり、皆さんには、色々と想像して頂き、楽しみにその放送の日をお待ち下さいと言う感じでございます^^。で、上海行きまで何もなく、映画と筋トレの日々かなと思っていますと、運がよく有り難い事に、「不毛地帯」なるドラマでの変身が入って来て、お台場の湾岸スタジオへと自転車で二度程通ったのでありました。私の役は近畿商事なる商社の香港支店に勤務していた男で、特別チームのメンバーに入り、色々と仕事して行くのですが、キャラクターが崩れ無いようにと、常に自分は選ばれた精鋭だと言う事を思いながら、先ずは三日間を楽しんだのでありました。初日の第一声の台詞で、噛み噛みになってしまって、何度もNGを出してしまい、「皆さん初日は、ハマってしまうんです」と主役の唐沢さんに励まして貰いながら、何とか何回目かで辛うじて言えて、もうドつぼにハマりそうびっくりでありました^^。喋る前に合図(キュー)を待っていて、どうも流れて行かなかったのが原因でしたが、もしもあのまま集中力がドンドン崩れて行き、どうしても言えなくてダメだったらどうなっていたのかなと考えると、怖い恐いであり、ビシッと一発で決められなかった悔しき思いの中での始まりでもありました。その後は、ドラマの中に入っていき、業務本部の一つのセット内にて色々なシーンを、ああだこうだと楽しんで、「ずっとこのまま、ああだこうだと色んなシーンで変身していたい^^」と思いながら、知らない経済用語にアドリブが言えなくて、悔しい思いも残しながら五話と六話での登場が、アッと言う間に終わってしまったのでありました。又、五話では、中国語をある場面で一節(ひとふし)喋ったのでしたが、中国語は初体験であり、なかなか未知なる言語ゆえに、台本を貰ったその日からの三日間は、ひたすらその一節(いっせつ)を口にしながら過ごして、何とか勢いで本番は喋り、さあ、どうだったのか、本当は、難しい中国語ですが、何だか楽しくて、又いつか喋りたいかなとも甘く思ったりもしたのでありました^^。そして七話、八話にも登場があり、しばし空いてからの、その変身も又楽しみたいと思うのでありました。
そんなこんなで、又来月も変身は有り難くも続き、日々相変わらずで色々と勉強でもあり、来月の楽屋は、上海でのあれこれとか、又、内容の伝わらない変身日記が展開していくのかどうなのかなであります。来月の11/7にNHK FMで放送される「潜水艦家族」への感想が聞けるのかなも、ドキドキワクワクの一つであり、どんな11月になりますか、深まり行く今年の秋を色々と楽しんで活きたいと思います。皆さんもどうぞ色々な秋を、多いに楽しん下さいませ。それでは又です。お元気に^^。


色づきの 枯れ葉拾いて 陽にかざし 色は輝き 枯れは溶け込み
秋風に 吹かれし雲は ちぎれ雲 やがて北風 より雲は切れ
霜月に 残りの月日 数えても 楽しき時間 一つ一つと^^

2009/11/29 〈[181]独り言旅話編:「楽しんだ初めての上海でのあれこれと,楽しんでいる二つの変身^^」〉 戻る
 ゆっくりと季節は変わり、秋が冬に押されて寒くなっている感じである11月も終わりの今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか?私は、有り難くも変身で楽しむ日々でございます^^。そして先月の終わりと今月の始めの二回、久しぶりの海外へと行き、2000年に行ったインドネシア以来の海外であり、今回の中国は、初めてで、何とも興味津々の日々でございました。たまっているテレビ番組を、中国で観ようとポータブルDVDプレーヤーなども買って、400元を6500円で元に両替して、いざ中国は上海へと向かったのでありました。行きの京成電車の中は、大きな荷物の方々が多くて、ちょっと普通の車両とは違うなと思いながら、一時間で成田空港へと着き、改札を出た所に検問があり身分証明書を求められたのにはびっくりでありました。そして航空カウンターでチケットを貰い、手荷物検査を経て、出国ゲートがあり、イミグレのチェックに「そうだそうだ^^」と懐かしくなり、そこを抜けると免税店が並んでいて、「おお、そうだそうだ^^」と思い出されて楽しくなっていきました。そしてしばし搭乗まで中国行きの搭乗口ロビーで待っていると、大声の人たちで賑やかになりだして、これから行く所は、国中が、こんな感じなのかなと思いながら、果たしてどんな所なんだと、好奇心は活気づいていったのでありました^^。
そして搭乗して、三時間近くのフライトで、食事も出てびっくりもして、遂に初中国へとやって来て、飛行機から出たら、モワッと蒸し暑くてびっくりでありました。着いた時は、既に薄暗くて、上海の松江まで高速をひたすらに走っていても日本の中央高速を走っている感じであり、まだまだ中国に来た実感は、皆無でありました。そして一時間ちょっとで、やっと着いた松江のホテルはなかなかの立派で、先ずはすぐに、ネットが出来るかどうかをチェックして、一人で夜ご飯をと、ホテル横のショッピングモールへと出ましたが、どこがどこなんだとなり、ケンタッキーフライドチキンがあったので、そこに入ることにして、セットメニューを指さしただけで何も言えず、何とか英語がちょっと喋れる店員さんが来てくれて、英語で喋り、注文をして、31元の料金に、100元札を出して、69元のお釣りを貰い、なんとか食べモノゲットして、部屋に戻り、その中国バージョンのケンタッキーセットを美味しく頂き、遂に第一弾の三泊四日が始まった感じでだったのでありました^^。
中国語は「シェーシェ」「ニーハオ」しか知らなくて、何も喋れなく、中国の方もほとんどが英語が喋れなく、中国語でしかなく、全く言語が通じない世界での生活が、始まった感じであり、「不毛地帯」なるドラマでひたすらに覚えて、ペラペラ喋れる唯一の中国語は「それはCIAからの情報ですか?」なので^^、今回、使う時が先ずなくて^^、中国語の覚える事の難しさで、もう正にお手上げ状態であり、笑顔のみの残り三日間でありました^^。
撮影所にて
上海の撮影所にて,photo by amami
 そして翌日の一日目は、上海の撮影所へと先ずは行き、そこは大きな撮影所で、在中の日本人の方々と中国人の方々がエキストラで参加する中、あるリアクションをワンシーン楽しんで、天海さんが何故か、私が佇んでいると「写真を」と言ってくれて撮って貰った写真もありの中、あっさり昼前には終わってしまい、ホテルに戻って、「さあ、何をしよう、どこに行こうかな」となったのでありました。地図にも載っている割りと近そうな、塔があるお寺へでも行こうと、歩いて、歩いて、歩き続けて、道が何だかデカイくて、中国は大陸で広いと実感しながら、日本での散歩とはちょっと違う感じでもあり、ひたすらにホテルの前の路、松江人民北路なる路を歩いて歩いての、やっとこさ着いたのが、西林禅寺を中心にした両脇に門がある中山路なる、色々な店が並び原宿的な賑わいの通りへと着き、そこをウロウロとしてから、折角だからと寺に入りお詣りでもしますかなとチケット売り場らしい所へと行きましたが、どこにも料金らしきモノが書かれてなくて、漢字ばかりの看板を何度も見返しても、数字と元の文字が書いていなくて、ガイドブックには確か12元と載っていたので、「いくらですか?」も何も言えずに笑顔だけで窓口に近づいて行き、人差し指を見せて笑うだけの私に、売り場のおばさんも判ってくれたのかチケットを見せてくれましたが、そこには、陵圓みたいな文字があり何元の文字がなく、私は12元と思い込んでいたので、手で、一と二を出すと二枚?と出して来て、これは筆記だと遂におばさんにもわかり、私が12元と書くと、おばさんは、「一人6元」と書いてくれて、「なんだ6元だ」とやっと判りお金を払ってチケットを貰い、やっとやっと西林禅寺なるお寺に入る事が出来たのでありました^^。その寺の七重の塔を中心に一回りお詣りしながら回り、写真を撮って、あっさりとお寺を後にしたのでありました。ホテルに戻って知ったのですが、ガイドブックに載っていた寺は、方塔園なるところであり、別の七重の塔へと行っていて、上海市内にも有名な七重の塔があるみたいで、七重の塔は、どこにでもある感じでもありました。そしてお寺を出てからも、引き続き街をブラブラしながら、おもちゃ屋へとかも行き、コンビニでジュースを買ったりもして、日本円に直すと高くもないのですが10元を超えると、何故か高く思えてしまい、所持金が400元なので、ついつい400の数字から引いていき、色々と計算をしながらのお店巡りでもありました。で、ホテルへ戻る途中に、明日乗る予定の、地下鉄の駅松江新城駅まで行ってみて、リニアの駅まで8元だと知り、帰って来て、昨日は行けなかったショッピングモールを一回りして、スーパーマーケットへと入って行き、色々と中国ならではのモノが安くあるなと色々買いたくなる心を押さえながら楽しくなっておりました^^。そしてこの日の夕食は、皆さんが行っていると言っていた中華屋へと行き、写真と漢字で「回鍋肉かな?」と思い注文して来たのが、回鍋肉の様でちょっと違う、不味くはないが、豚肉がちょっと硬い料理を食べて、何とかお腹一杯になり、24.5元も払って、初めての0.5元硬貨を手にしたりして帰って来て、上海よりの秋のチャットも無事出来て、この日は終わったのでありました^^。
 上海滞在三日目は、午前中ホテルより歩いて20分弱の松江新城駅へと行き、地下鉄9号線にドキドキで乗り、すぐに隣に日本の雑誌が見えて、日本語を喋る方々が座っていたのでびっくりしましたが、観光みたいでもあり、聞く事もないので、何もコミュニケーションはありませんでしたが、言葉が通じない国では、日本人に会うと「日本人ですか?」と話しかけたくもなり、嬉しくなるモノではありました^^。そして9号線の終点から終点の駅宣山路駅まで50分近くも乗ってやって来て、三号線に乗り換えて四つ目の駅中山公園駅で降りて、行き先を気にしながら、二号線に乗って、終点一つ前の龍阳路駅で降りて、リニアの乗り換え駅へとやっと着いた感じでありました。電車内では、案内アナウンスの英語バージョンに集中しつつ、電光掲示板の流れる文字を常に読んで行き、何とか迷う事なく辿り着き、あっさりリニアへの乗り換えも把握して、明日は大丈夫かなと思いましたが、明日は朝早く、月曜日で人もラッシュアワーで多く、大きな荷物もあるので、とんでもない事になるかもと思い、丁度スタッフが空港へキャストを送りに行くと言うのを朝聞いていて知っていたので、連絡を取ってみると、その時間が丁度15時だったので、この日にリニアに乗って、ロケバスでホテルへ帰ろうと急遽決めたのでありました。スタッフさんにもOKを貰い、「そこまでしてリニアに乗りたいのか」と自分に問い掛けながらも、15時まで時間があるのでと又地下鉄に乗って、取り敢えずは賑やかそうな場所まで行きますかなと決めたのでしたが、持って来たガイドブックは古くて、使いモノにならない中、何とかチケットを買い、南京東路駅へと向かったでありました。電車の中は、日本の地下鉄に乗ってるみたいで、中国の人が多いなと言う感じぐらいであり、余り違和感がなく乗っていて、「そりゃそうだよな」と、外国へ来たとは言え、同じ地球で、同じ人間で、多少程度の違いだけだなあと思いながら、大きな声の人たちを見ていたのではありました^^。
そして駅に着き、地上に出ると人が、よりわんさかで、賑やかな通りに出て、看板も大きく派手であり、本当の中華街がそこにはあったのでありました^^。取りあえずどっちかなと歩きだして、キョロキョロしながら歩いて人民広場なる場所に着いて、豫園なる場所を目指しましたが、ちょっと距離がありそうだったので、戻って外灘へと向かい、有名な東方明珠塔が見える場所まで行き写真を撮って、すぐに時間になったので、又龍阳路駅に戻り、遂に遂にリニアに乗ったのでありました^^。あっという間に時速100キロから200キロになり、最高で430キロの速さで疾走して、結構揺れましたが、30kmを、7分ちょっとでいく、なかなかの体験でありました。料金が50元は、ちょっと高いかなと思いましたが、遊園地のアトラクションだと思い、これから25年間を生きて、東京ー大阪間を一時間乗ってみないといけないなあとは思ったのでありました^^。そして上海空港に着き、第一と第二のターミナルを間違えて、移動したりしながら、スタッフと合流出来て、無事上海松江のホテルへ戻って来たのでありました。で、この日は、又スーパーマーケットとかをウロウロとしてから、台湾系かなのその場でも食べれるお弁当屋へと入り、夕食を食べて、コンビニで、ジュースを買って帰って来て、三日目が終了したのでありました^^。
そして次の日は、帰るだけであり、のんびりと10:30にロビーに集合して、空港に向かい、空港に着いたら、搭乗時間まで、ひたすらに第二弾で来た時のために、お土産等々を見ていたのでありました^^。
そして三日間東京でのんびりとして、両替も又200元して、又上海へとお決まりのコースでやって来て、第二弾が始まったのでありました。
行きの飛行機の中では、ある夫婦が前後になってしまったので、私が変わって後ろの席に座って、飲み物とか食事とかして、まだまだ時間があったので、DVDでも観ますかなとプレーヤーを出して観ていると、変わった前の席でアテンダントが飲み物をこぼしてしまい、私は、自分のDVDプレーヤーを見ながら、席を変わっていなかったら、このプレーヤーは、どうなっていたんだろうと思っておりました^^。そして二回目の上海に着いたその日は、ホテル横のショッピングモールのお弁当屋で又食べて、スーパーマーケットでセブンアップ(七喜)とスプライト(雪碧)を買って、帰って来て、後はのんびりでありました。
二日目は撮影で、今回は上海市内まで行き、上海科学技術応用大学内での撮影であり、第三夜目のある四シーンを楽しんだのでしたが、はてさて細かい気持ちが、どこまで、出来ていたのかどうなのか、気になりながら終了し、又一時間かけて松江まで帰って来たのでありました。この日は、ラジオドラマの「潜水艦家族」の放送日でもあったので、今頃始まっているのかなと、時差が一時間あったので、21時頃ドキドキしながら、そしてチャットの時間を待ち、一人だけチャットルームに入って来てくれて、面白かったの感想が聞けて、ホッとしながらも、皆さんラジオドラマはやはり聴かないんだねえと、次の別の反応を期待しましたが、大した反応もなく^^、私の初作品のお披露目は、あっさりと終わった感じではあったのでありました^^。
そして上海の三日目は、帰りをまた一日延ばしてのんびりと観光でありました。これと言って是非とも観てみたいと言う所は余りなく、行ってもいいかなと言う所は、上海動物園とか、博物館とか色々ありましたが、上海最古のお寺と言う龍華寺をセレクトして、お店とか色々と楽しめそうな豫園地区がいいかなと決めて、朝早く又地下鉄に乗って、先ずは龍華寺へと行ったのでありました。又宣山路駅で乗り換えて龍漕路駅に着いて、案内も地図もなく反対方向へ歩いてしまい、若い人なら英語喋れるかなと、遂に話し掛けてみたら、英語が喋れて、ここからだと遠いと又駅まで戻って、駅近くの旅行会社に地図を見せて聞くと真っ直ぐだと教えて貰い、交通整理のおじさんにも聞いてやっと場所が判り、通りを歩いて行くとドーンと、七重の塔が寺の外にありびっくりでありました^^。その七重の塔を見たので、もういいかなと一瞬思いましたが、10元払って入り、一通り廻って神様に挨拶をして、写真を撮って、何かグッズをと悩んで悩んで、平安鈴と言うモノを買って、寺を後にしたのでありました^^。そして又龍漕路駅まで歩いて、地下鉄に乗り、一度行った事のある、南京東路駅へと向かい、又ちょっと路を間違って、河南中路へと戻り、そこをひたすらに歩いて、豫園地区へと着いたのでありました。福佑路なる通りから入り、店がいきなりズラーっと並んでいて、人の多さに正に観光スポットであり、安いモノを色々とゲットするのが、目的ですが、店の多さに、何が何だか全く解らない感じで、とにかくウロウロと歩き、豫園商城なる場所へと入って行っていったのでありました。庭園の「豫園」には入る事なく、とにかくウロウロと歩いていると、やがてお目当てのミニチュアの文房四宝なるモノが目に入り、それに近づくと店員もすかさず寄って来て、日本語でまくし立て来たのでありました。
文房四宝
値切って買った文房四宝
店員は始めに、小さめのセットを120元と言って来て、すぐに100元と言い、やがて70元になり、空港で見たのが100元ぐらいだったので、いいかなと思っていると、ちょっと箱が豪華な感じの大きめのを170元から150元にして100元でとにかく売ろうとして来て、私が悩んでいると「いくら?いくらがいい?」と聞いてきたので、さあ、いくらにするかなと考えて、「70元」って言ったら、それに対して向こうは「90」って言って来て、袋に入れ様としたので、渋ると「70でいいよ」と決まりになりましたが、箱が普通でランクが落ちるセットを「60」でと希望を言うと、「OK、OK」となり、遂に買う事になりました。100元を払ってお釣りを40元受け取り、もう一つ最初に交渉した小さいのを、そのお釣りの40元でどう?と言うと「OK、OK」となり、もう一声30元にしたかったのでしたが、お釣りの40元を手からむしり取られて、二つの文房四宝をゲットしたのでしたが、途中、「言い値の三分の一ですよ、頑張って下さい」と小声で教えてくれた日本人の方がいたりして、果たして、買った値段はどうだったのかなと、後々あれこれ考えるのではありました。
そして次にブラっと入ったお茶屋さんでも、日本語を喋ってくれたので、交渉であり、西湖龍井茶48元を30元にして、花茶88元を50元にしてもらって、これもどうだったのかと思いつつも、お茶を買った後で、こんなにお茶にお金をかけるつもりはなかったと、予算オーバーだと反省して、日本円にしたら、1200円ですが、それもちょっと高いかなと今考えると思い、その時は、元がドンドンなくなっていく感じであり、残りがいくらで、帰りの地下鉄代と夜ご飯代を引いておかなくてはと計算していきながら、又ひたすらにウロウロとしておりました。店員が日本語を喋ってくれるとついつい助かりその店でとなりますが、ほとんどの店が中国語のみで難しく、ついつい日本語で声をかけて来てくれとも思ったりしながら歩いておりました。「カバン、カバン、時計時計、ローレックスあるよ」の声は度々ありましたが、そこは常に笑顔だけにしておりました^^。そんな日本語通じない中でも数字だけ指で示し、値引き交渉をして、最初は一つ25元と言って来て、すぐに15元にして、最初のふっかけはお決まり事みたいであり、ゲームの始まりの如く言って来るモノだと、次回又行く事があれば、そのゲームを又楽しみたいとは思うのではありました^^。結局、そのモノはホテルのショッピングモールでも売っていて、15元だったので、4っつで40元でと又指で示して、しょうがなく頷いてくれて、ちょっとは安くゲット出来たのかなでしたが、甥っ子のためのナルトの色々なストラップで、メイドインチャイナでも裏は日本語で、日本にも売ってるぞぉーと思いながら、でも150円では売ってないかなと願うばかりでありました^^。そして陽のあるうちに帰ろうと思っていたら、上海を出た時は、すでに薄暗くなっていて松江の駅を出たときはすっかり夜であり、緊張感の中、ひたすら歩いてホテルへと帰って来たのでありました^^。そしてお決まりの18元のお弁当形式の夕食を済ませて、又細かいモノをファンシーショップみたいな所で買ったりして、値札とレシートの金額が違っている事も何とか指摘したりして、上海での日々は、終わって行ったのでありました。しかしとにかくモノが日本円に直すと安すぎて、豫園地区には2元均一なる店もあって全て30円均一であり、日本の「百均」が高いぞーとも思い、モノの値段ってなんじゃらほいと、またアジアへ来て思ってしまったのでもありました^^。
次の日は、朝の5:15集合で、役者は自分一人だけで、スタッフの皆さんに、「まだいたの?」って感じでびっくりされながらも、のんびりと帰って来たのでありました。今回の初めての上海でのあれこれは、色々と書き始めたらキリもなく、色々な経験体験であり、帰って来てからも、太い筆をいっぱい買ってくればよかったとか^^、色々とまだまだ買いたいモノも出て来たために、又行きたくもなっていて、何か仕事が来ないかなと、願い思っている、今回の楽しかった上海でのまとめで締めの言葉でありました^^。
 そんな楽しかった事がありながらも「我が家の歴史」での変身は、まだまだ続いていき、上海から戻っての二日後に、私の役のメインイベント的なシーンが遂にあり、三月の放送を観れば、ここかと判ると思いますが、気持ちがどこまで伝わっているのか、どうだったのかなと気になってばかりであり、その次の日には「不毛地帯」での変身もあり、七話の四シーンと八話の唯一のワンシーンをあれこれと楽しんだのでしたが、時折前日の芝居を思い返したりもしていたのでありました^^。そして次の日は「我が家の歴史」でのワンシーンであり、久しぶりにタキシードを来て、第二夜目のワンシーンを静かに楽しんで、その次の日も何シーンかあれこれリアクション的な中楽しみ、微妙な思いの中、どうかなと思い振り返り帰って来た夜に、ニューヨークでミュージカルの公演をしている三谷氏よりメールが来て、自分の役の事も聞いたりして、なるほどねと参考になったりして、ニューヨークから帰って来てから「潜水艦家族」を聴いて、感想をと言ってくれると、メールの最後に書いてあったので、ドキドキに又なったのでもありました^^。
そして私の「我が家の歴史」でのスタジオでの変身は終わり、残りは飛び飛び五日間の、ロケでの変身であり、何日か空いて先ずは、栃木のある古い病院へと行き、しんみりと変身を楽しみ、浜川崎なる所へも行き、ボランティアエキストラさんがいっぱいいる中、その中をかきわけたりしながら楽しみ、そして千葉のある場所へと行き、三シーン程セリフなき芝居で楽しんで、オールアップしていく方も出て来て、私の出番も遂に残り二回だけになり、何だか寂しくもあり、来月の二回も最後まで楽しみたいと思うのでありました。
又そんな中、「不毛地帯」の九話、十話にもちょこっと登場する事になったので、商社マンへの変身も又楽しんだのでありました。
そして2009年も、残り一ヶ月になろうとしていて、やはり今年も色々とありましたが、早い早いでありました^^。来月は、2009年を振り返りつつ、どんな年の瀬の一ヶ月になりますか、あれこれ又楽しみたいと思いますです。それでは、ゆっくりと寒くなっていきますが、皆さんお元気に、年の瀬をお過ごし下さいませ。


ゆっくりと 冬へと変わる 年の瀬に 年の背に乗り 顧みる日々^^
北風が 寒さ敷き詰め 冬支度 我も心に 支度新たに^^
師走来て 急いはいないが 急ぎ足 牛追いながら 虎を迎えて^^

2009/12/29 〈[182]独り言編:「2009年の変身を有り難く思い,楽しく振り返って^^」〉 戻る
 2009年もやはり終わりを迎えると、あっという間の一年だったと言う感じでもあり、ようやく冬らしい寒さにもなったりしながら、今年も終わろうとしております。
そんな年末の楽屋は、恒例になって来た感じの一年の変身を振り返ってみようでございます^^。今年も有り難い事に振り返る変身が色々とあり、ふとそう思うと、それは有り難過ぎる事ではあり、そう思いますと、はてさて来年は、どうなるんだろうかなと思い、今年を懐かしく振り返ってばかりもいられないぞとなってきて^^、何とかせねばとは思いますが、こればかりは運に任せるしかなくて、今年を振り返り反省しつつ、来年に「エイ、ヤァー」とつなげていくしかないのかなとの結論に達したので^^、素直に2009年を振り返りたいと思います^^。
で、今年をゆっくりと思い返せば「だんだん」の後半で始まった2009年でありましたが、あの酒屋の七代目を楽しんでいた日々が、遠い遠い昔の様な感じにも思えて、一年の時間の多さをも感じてしまうのでもありました^^。あの朝ドラのオールアップのイベントや、打ち上げで命のうたを聴いた事や、ドラマでの楽しかった日々があれこれと今は、思い出されていて、朝ドラのレギュラーはなかなか楽しくて、次の朝ドラを楽しみに待ち願いたいと思うのでもありました。
そんな「だんだん」は、去年からの続きの楽しみであり、今年の始まりは、ワンシーンだけガードマンで登場した「ありふれた奇跡」なるドラマでありました。「ごくせん」のお嬢にもあったりして、山田太一氏のドラマに参加が出来て、一語一句間違えれないと、丁寧に喋って楽しんで、あっという間に終わってしまった変身ではありました。
そして次の変身は、始めはDVDムービーとしてのドラマでしたが、10月には映画としても公開された「ロングキャラバン」なるドラマであり、私は、あるクラブの店長役で、そのクラブはゲイクラブゆえに、そういう役であれこれ楽しみ、まだ私は観ていないのですが、私の場面では、笑いも上がったとの事で、早く観てみたく、何だか楽しかったなあと言う変身ではありました。
そして次に来た変身が「33分探偵帰って来る?」での江戸っ子先生なる役であり、「てやんでぇー、べらぼうめぇー」とチャキチャキの東京弁で、ひたすらに喋って、ワンシーンワンカットで撮ったので、息切れもしながら楽しんだのでありました。
そして「ごくせんスペシャル」なる二時間ドラマもあり、若松を久しぶりにちょこちょこと楽しんで、春には、「ごくせんザムービー」もあり、映画と言う又ちょっと違う心持ち、雰囲気の中、若松を楽しんで、遂に七年間続いた「ごくせん」が終わってしまって「寂しいね」となったのでもありました。
そして今年の舞台「Shoot The Crow」の稽古が、タイル貼りの作業から始まり、四人のタイル職人の物語で、初の翻訳劇で、私は大声を上げてばかりかなではありましたが、色々と勉強にもなり楽しんだ舞台ではありました。
そしてその舞台の稽古中に同時に行われていた「returns」なる舞台があり、15年ぶりの「東京サンシャインボーイズ」での舞台であり、一週間の稽古と一日一回21:30からの公演を12回楽しみ、久しぶりのメンバーと楽しい三谷氏の脚本と小さなトップスと言う劇場で、文化祭的な感じの中で、なんとも楽しき舞台ではありました。
そして舞台が終わり、声が怪しい中、映画「沈まぬ太陽」での新聞記者の役があり、二シーンだけの登場ではありましたが、喉の具合が微妙だったりしたパーティーでのワンシーンと、ホステスに酔っぱらいで絡んだりしたあるクラブでのワンシーンで多いに楽しみ、休憩ありの大作映画を観て、カットされなくてよかったかなと言う、ちょっぴりの登場での楽しかった変身でありました。
そして「再生の町」なるのNHK大阪局でのドラマがあり、又大阪へと何回か行き、市役所職員を大阪弁で楽しんだのでありました。
又NHK東京局での「アルクメデス」なる解答者のいないクイズバラエティー番組の中での、サスペンスドラマ調のドラマクイズを伊豆の崖へと行き、私は刑事役で真面目に楽しみ^^、こんな番組が続けば楽しいなあと思っていましたが、そうはいかないのが現実かなではありました^^。
そして毎年夏になると呼んで頂いているドキュメントドラマを今年も役を頂き、「戦場の歌姫、メロディー」と言う歌手渡辺はま子物語であり、私の役は、寡黙な男と言う感じで、「モンテンルパの夜はふけて」の作詞をした人への変身を囚人服を着ながら寡黙にあれこれ反省しながらも楽しんだのでありました。
そして「奥様は警視総監5」なる二時間ドラマでは、ある環境団体の秘書役で、早々に殺されながら、最後方での回想に登場したりしてちょっぴりの悪役を楽しんだのでありました。
そして初めての自分の作品がラジオドラマ「潜水艦家族」として公になったと言う、私の人生に於いては、一大イベント^^、最大のニュースで^^、ひとつの大きなターニングポイントなのかなと思いましたが、大した変化もなく^^、又別の物語をひたすらに考えている日々ではありますが、とにかく初の体験の数々は楽しく凄く色々と勉強にもなった、今までにない病みつきにはなってしまうぞと言う本作りから演じるまでのひとときではありました。次の作品を早くまた公にせねばと思うばかりで、日々新たな本を書いて楽しんではいるのではありました^^。
そしてフジテレビ50周年記念番組の三谷幸喜氏による作品で「わが家の歴史」なるドラマにも参加する事が出来て、三夜連続の八時間ドラマであり、楽しき家族の物語であり、とにかく早く放送が観たくなるそんなドラマの中で、自分もちょこちょこっと登場する事が出来、楽しく何だか感謝感謝の日々でありました。あの北九州でのシーン、上海でのシーン、スタジオでの数々のシーン、その他、あちこちでのシーンの数々がどんな感じにはめ込められて完成しますか、来年の春三月がワクワクドキドキ楽しみでございます。
このドラマでの変身を時折楽しんで、今年は終わっていくのかなと思っておりましたら、なんと大人のドラマだと評判はいいけど視聴率よ頑張れと言うドラマ「不毛地帯」にも出る事になり、これまた何だか嬉しかったのでありました。私は五話からの登場で、有り難くも十話まで今年は出て、来年は十一話、十四話に出る予定で、その十一話の撮影が、今年最後の変身であり、初めての商社マンを中国語を喋ったり、英語を喋ったりと楽しんでいるのでありました。最終の十九話までに、後どれだけ出れますかまだまだ楽しみであります。
そんなこんなでの今年の変身を振り返って見ましたが、やはりもう来年へと気持ちを向けて、来年はどんな役が頂けるのか、神に祈りつつ、自分の感性をより豊かにして活きたいと思うばかりでの年の瀬にも色々で、新年を迎えようとしているのでございました^^。
そして自分のホームページでは、今年から始めた、「一日一枚は撮っていこう」と決めて写真を撮り始めた「昨日の一枚の写真たち」も一年間何とか撮って来たなあと言う感じであり、並べられた一年間の写真たちを見ると楽しげであり、中には、面白い、いい写真もホンの何枚かはあるかなであり^^、二年目の「昨日の写真たち」は、どうなりますかなと、又近所を歩き回り、空と雲と、太陽と富士山を、夕陽夕焼けを、木と花を、虫に鳥をと、色々と同じ感じかなとは思いますが、来年は来年の、日々その一瞬の切り取りであり、違うと信じて^^、どんな写真が並びますか、なんとも一人楽しみでございます。
そしてそして皆さん、今年も色々と有難うございました。来年も変わらぬ私と楽屋での独り言と、その他色々と、又よろしくのほどお願い申し上げますです。それでは皆さん良いお年をお迎え下さいませ。お元気に。


過ぎていく 一年よりも 明日かな それより今日を ちゃんと楽しく^^
わさわさと 新たな年に 期待する 我の思いを 伝えて活きる^^
トラ年に トライの気持ち トラえてく トラッド思い トランスで攻め^^

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