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写真 阿南健治プロフィール
ニューヨーク時代
(21〜22歳)
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No.020
タイムスクエア前にて「お恥ずかしい」
牧場研修一年の約束が、十カ月で力尽き、
牧場で貯めた500ドルと、運だけを持って、
当てもなく、憧れの目的の地、
ショービジネスの街、
ニューヨークに降り立ったのでした。

英語の話せない私は、
日本レストランを電話帳で片っ端から調べたが、
なかなか見つからず、
貯金の500ドルも尽きかけた頃、
運良く雇って貰える所が見つかり、


          ニューヨークでの生活が始まったのでありました。

No.017
ニュー東京レストランにて
とても自由であった。
芝居を観まくった。
ジャズ、モダン、バレエを、すべて基礎(BASIC)科で踊った。

胴長短足の男には、
体にびっちりとへばりつく黒のレオタードは酷であった。
ダンスは、特にジャズダンスは、
黒人白人欧米人のものだと打ちのめされた。
芝居がしたいエネルギーは、絵を描く事で発散していた。

No.038
自画像
しかし、一度芝居に取り憑かれた男は、
我慢も限界になり、
無謀にも小さな劇団のオーディションを受けたりした。
詩を朗読した後、
「英語を勉強してきなさい」と言われただけだった。当然である。
今思えば、もっと頭を使って生きてれば良かったと思うばかりである。

そして十ヶ月が過ぎた頃、スクールメイツの学校の時の先輩より、
一緒に劇団を盛り上げてくれないかとの誘いの手紙が届いた。
   「直ぐに舞台に立てるぞ!」の言葉に、その劇団の事など何も判らないでいた男は、
   胸の高鳴りを押さえきれずに、今すぐにでも芝居がしたいという思いだけで、
   計画していた自転車でのアメリカ大陸横断計画も諦めて、直ぐに帰国した。

No.015 No.014
住んでいたアパート
それが次の時代の大衆演劇である。
大衆演劇とは、
どんなものなのかも全く知らないまま、
渡米した時よりも、
お金を2000ドルばかし増やしての帰国。
結局、出稼ぎの旅であった。

しかし、今だに記憶が鮮明で、
男を支配している感じで、
今に繋がる貴重な二つの時代であった。
牧場の時代とN.Yの時代は^^

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