2024/10/31 〈[360独り言編:「ギロとリーディングと医者役とハーフマラソンで楽しんだ十月^^」〉
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10月に入っても真夏日の日々が続いて記録にもなっている陽気ではあり、ひと雨ではヒンヤリにもなりましたが、それも朝晩だけで昼間は夏日、真夏日の十月ではありました。富士山の初冠雪が観測開始から130年で最も遅い記録にもなり、いつ初冠雪になりますかなでもありました。
そんな10月は、先ずは「あらしのよるに」の熊本の小学生への公演で始まり、2000人の小学生達へと又違った感じでもありましたが、なんとか無事全18公演を怪我なく終える事が出来たと言う感じではあり、先月の北海道での場当たりの前に、体調はどうですか?と聞かれて、まあまあかなと答えると、調子が悪くなったら言って下さいねと、稽古もしてないのでと、私の代役の方からの言葉に、びっくりでもあり、そうなんだと、これは怪我など出来ない、控えている人がいるんだと、改めて知って、いつでも交代もあるんだと、それだけは、したくないと強く思い、意識はしていなかったが、ちょい意識もしながらでの日々にもなって、怪我等々無いことを祈るばかりで、なんとか18回の公演を終えられて、良かった良かったでしたが、毎週の繰り返しがなくなっての、なんだかの寂しさもありつつでもありました。
3日の日に全て公演が終わって、5日の日には、リーディングシアターでの全員での稽古もあり、なんとか流れをとトライして終わって、翌日は、朝から劇場ライブハウスでの場当たりからゲネプロをへて、すぐに本番であり、ゲネプロを入れて1日3回の公演でしたが、一つ一つで、まだ探りながらでの、リーディング芝居ではありました。ゲネプロでは途中、自分のタブレットにLINEが届いてびっくりで、画面を隠してしまい、慌ててページもめくってしまったりして、一人慌てた一瞬もあったりして、終わってから、機内モードにすればとなって、何があるのか分からないでもありました。また充電が気になりで、バッテリーが50パーセントでは危険かなで、それ以上をとそんな事も気になりでもあり、ゲネプロを終えて、直ぐに15時30分の回の開場になって、あっという間に開演にもなり、60人の満員のお客さんへと、リーディングしながらも、リーディングでもない芝居モードでもあり、微妙な感じでの1時間半でありました。生演奏での中で、ギターボーカルの方のギターの音が、アンプから出てなくての、他の楽器とのバランスがあるからか、その方は、悔しさいっぱいって感じで、落ち込んでもいて、私のエピソードでのラストで、相手の女優さんが歌うのですが、マイク無しでの生ギターで歌っての、対している私は、何ら変わらないではありましたが、落ち込みのギターボーカルさんでありました。電池切れが原因で、電池を入れ替えて、19時からの公演は音がちゃんと出て、良かったって感じの公演でもありました。そんな夜の公演では、お客さんも変わって、又反応も違う感じで、最後までどうなのかなと、どこまで伝わっているのかなと気になりではあり、まだまだトライ出来る感じもありましたが、あっさりであっという間に初体験のリーディング公演は楽しんで終わったのでもありました。
そして8日の日には、あるドラマの続きでの撮影が、江戸川区の施設であり、どうにも何故か、台詞を間違って覚えてもいて反省多々でもあり、そんな悔しさか、もっと色々と芝居したいと思ったのか、ブツブツ言いながらで雨の中を2時間自転車を走らせて帰って来たのでもありました。そして12日には、そのドラマの登場の最終日で、湯島でのロケ場所で、短めの2シーンで楽しむも、又台詞を間違って覚えていて、舌の周りもイマイチだったりして、勝手に止めてもしまい申し訳ない感じもありつつ、微妙な感じも、あっという間に出番の全てが終わってしまって、どんな感じでドラマに登場しますか、気になりで11月の放送がドキドキ楽しみでもありました。
そして20日には、遂に来たって感じでの、東京レガシーハーフマラソンでありました。当日までハーフマラソンを走れるのか、どうなるのか、関門時間を突破出来るのかと、気になりいっぱいでの日々ではあり、ナゼ応募したんだろうとも思うも、こんな思いもそうそう無いことではあり、貴重な感じだとも思い、当日を迎えたのでありました。フルマラソンでは、足の痛みが半端ではなかったので、2時間近く歩く事で、足に負担を覚えさせようと、日々歩いてもいましたが、いざ走ってみると、全然使っている筋肉が違っていて、直ぐに筋肉痛にもなり、ハーフマラソンは、どうなるんだろうでもあり、フルよりは少しは速めに走らねばでもあって、川沿い歩道で、すれ違うランナーのスピードとかも気になりでもありました。
そして本番の前日は30度近い気温にもなりましたが、翌日はいきなりの急降下で19度ぐらいになって、そんな寒さも気になりながらで、初めての国立競技場へと早めに行って、人の流れのままに四階へと行くも、荷物を預ける人の流れではあり、預けない私には、四階は用がなく、国立競技場のトラックを見下ろしながらで、あっちへ行かねばと思うも、席には、多くのランナー達が座っているけど、これは違うかと、すぐに下へと行くべきだと階段を探して降りて行き、どこに行くのか判らず、聞いたりして、やっと自分のナンバーのLのエリアへと着いて、並び待つのでもありました。フルマラソンとは違って、競技場の通路で待っての、寒さも気にならない感じでひたすらに待って、Lゆえに一番最後の方スタートかなで、先ずは、8時に車いすの人達がスタートし、そして招待選手等々が8時05分にスタートして、その15分後に、やっとで流れるままに走り出して、国立競技場を直ぐに出て、いっぱいのランナー達をかき分けって感じで、まだまだ元気ゆえに、普通に走って進み、しかし、ありゃまだ2キロなのとも思い、3キロ、4キロ辺りで、車いすのランナーがすれ違うと言う感じで、その度に拍手をしていたランナー達で、7キロ辺りでは、走るアフリカ勢が、すれ違う、その速さにびっくりで速すぎるともなり、自分は無理だともなって、早く10キロをと、半分をと思うも、なかなか遠い感じでありました。そしてやっと折り返しが来ても、徐々に足が動かない感じにもなって、あと四キロになっても、もう力もなくて、キツイキツイで、去年よくフルマラソン走ったなあとは思いながらで、国立競技場へと入って来たのでありました。競技場のトラックを半周ちょっと走っているのだが、キツくて味合う事も出来ずで、もったいなかったなあとも思い、なんとか完走は出来たと言う感じで、ヘトヘトで足は痛い痛いで終わって、お昼には帰って来たのではありました。来年も応募するのか、どうなのか、一年かけて鍛えなくては思うも、なかなか目的がないと動かない感じで、のんびりと歩くだけはしようとは思い、10月が終わろうとしているのでありました。
十一月は、何がありますか、まだ暑いのか、秋を楽しむのか、色々と考えつつでの日々ではあるのかなでした。
霜月に 短い秋で 冬を待つ 貴重な秋か 秋の楽しみ
いつまでも 暑き十月 終わるけど すっかり変わるか 十一月よ
霜月や 言葉の響き 寒くなる 冬の前での 秋の心地さ
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